バーチャルネットゴーグルの電源を切ると、体が急に重くなったような気がするのはいつものコト。
今まで意識のみが3次元なバーチャルな世界を跳んだり跳ねたり騒いだりしてきたのだ。肉体側の腹の減りとか一切無視の方向で。
「んしょ。」
田島は一声かけて倒していた椅子を元にもどす。途端、体がギシギシと鳴る。えんえん5時間近く身動き(8課や7課の者たちがたまに体を傾けたり折り曲げたりして、血の循環が悪くならないようにはしてくれている)しない状態でネット内を駆けめぐっていたのだ。
「あ゛ー。」
隣でやはりゴーグルを外しながら、こきこきと様々な所を鳴らしながら泉も椅子を元に戻していた。
「しっかしまぁ、ネカフェで侵入して、ハック失敗してフツー逃げ込むにしたって…」
語尾は笑いになる。ぷぷぷ、と泉が笑う。
「あそこで壁作ってやらなかったら、完全にアイツ捕まってたな。」
田島もゲラゲラ笑う。
二人で違う回線を使って逃げる相手を追っかけていたのだが…
何を間違えたか、レフト方向へ行ってしまったのだ。……警察直通回線へ。慌てて田島が壁を作ってそいつの足を止め、透明ペイント弾(マーカー弾とも言う。これがあればどんなことがあっても容易に相手の逃走経路が分かる)を当てて、逃げ帰っていくのをこっそりと見ていたのだ。…花井と阿部が見ている間で。
相手は新宿のネットカフェでやっていた。その場所を田島が押さえ、泉が防火装置をわざと発動。ブースにいたヤツは今頃そっちに行ったこの会社の誰かが「お迎え」に行っているだろう。まぁ、自分たちの追撃をあそこまでかわしてきた腕は認めてもいい。でもあの凡ミスはいけない。
「阿部か花井あたりに配属か?」
よっこいせ、と田島が立ち上がる。少し目眩がしたけどすぐに治った。
「阿部のもとでこき使われればいいんだよ。」
フッと笑いながら泉も立ち上がる。こっちはよろりとよろけたけどすぐに持ち直す。
「西広〜。メシ行ってくるな!」
近くで事務仕事していた西広に話しかける。
「ゆっくりしておいで。ランチはもう終わっちゃったけど。」
ボールペンをゆらゆら揺らしながら西広が言う。楽しげに。
『げ。』
泉と田島の声がハモる。
「くっそー、またランチ逃したぁぁぁぁ!」
「外行く?田島。」
「そーすっかー。極楽ラーメンのラーメンにライス大盛り、んでもってデザートは隣のカスケードでどんぶりパフェっちゅーのは?」
「いーねー、それ。」
わいわいがやがやと二人が出て行く。その出で立ちを見ても、どうやって見ても、学生…もしくは高校生にしか見えない。
「若いなぁ……」
ぽつりと西広はこぼして、事務へと戻る。さもありなん。彼らはまだ成人すらしていないのだ。
このフロアの平均年齢は20代半ば。コアメンバーの殆どもその中に含まれる。
でも私服でいいからって……二人ともどう見ても若く…というより幼く見える。だが、あの二人を捕まえ……もとい、スカウトしてきたのは栄口なのだ。
「履歴に傷つくのはまだ早いってか……」
一人呟いて、西広はデスクワークへと戻っていって……
「巣山!この交際費は認めないよ!」
「え、うそ!」
ひょっと巣山が顔を出す。
「こんなの提出したら、経理から苦情くるって…」
はい、と領収書を手元に返す。
「う……」
「あ、巣山、こっちも。」
今度は近くの席にいた沖が顔を上げる。
「これの場合、モモカンかシガポの承認が必要だから。頑張ってね。」
はい、と書類が手渡される。
「……領収書は絶対に落としてみせる!」
西広、沖、このブースで最強と呼ばれる事務員である。
今のところ、勝てる相手は…栄口くらいしか、いない。