まずは火災につきましては〜の話から始まった。二人の間にはコーヒー。三橋側は甘いカフェオレが。どうやら嗜好についても調べがついているらしい。
「三橋廉さん。」

いえ。

 とソファーに座っているモモカンが言い換える。
「三橋博士、とお呼びしたほうがよろしいかしら。」
「い、え。もう研究 は、してません。」
 三橋の否定の言葉を無視したかのように、モモカンが話を続ける。
「日本では情報は殆ど入って参りませんが、アメリカ、ヨーロッパで、あなたの話を聞かない研究者はいらっしゃらないでしょう。脳神経に関する研究、そしてその微弱な電波信号を解析し、コンピューターから逆に信号を送る研究。…そして。」
 ここでモモカンは声を止める。今までは事実。これからは憶測。
「バーチャルネットゴーグルの開発。お名前の記載はありませんが、開発を行ったのは三橋さん。あなたでは?」
 対する三橋は

どうしてそれを?

 声に出さずとも、顔が語っていた。
 モモカンは予想が的中し、内心でガッツポーズをしていた。こんな素晴らしい人材がアパートの管理人だとは。栄口から報告書を受け取った時には我が目を疑ったものだ。
 意識をしっかりと保ち、モモカンはイニシアチブを意識しながらも提案を始めた。

 バーチャルネットゴーグルは、アメリカで誕生し、後から出てきた商品があるにも関わらず、シェアが八割以上を誇る、ネットの新たな使用方法を確立したシステムである。一台の金額が高いにも関わらずシェアを誇れるのは、商品のサンプルが仮想であるが見たり触れたりでき、尚且つ人体に安全であることが実証され、抜群な安定性を持っているのだ。発売されて七年。後継機はまだかとユーザーは思うが、ファームアップが幾度かあったのみで話も出てこない。さまざまな憶測が飛んでいるが、恐らく目の前にいるきょときょととしている青年が理由なのだろう。

 裏でも表でも一番語られている話。

『一番の開発者が離脱した。』

「三橋さん。」
「もう、なに も、しませ…」
 三橋は頑なにそれ以降発せられる話を遮る。が、モモカンは話を続ける。
「今日ね、午後からうちの巣山くんを出張させようと思うの。」
「?」

「バーチャルネットゴーグルの開発、販売を行っているスリースターズへ。」

「!」

「あなたの過去を調べてたら、昨日夜遅くにアメリカからのメールを受け取って…」

 はい、とプリントアウトされたメールを手渡す。見ると懐かしい名前が。

「かのう くん。」
「開発の主任ね。早速三橋くんがここにいるか探りを入れてきたわ。」
「そ、んな…」
「彼の命令で三橋くん、すぐにアメリカに戻ることになりそうね。」
 事実を語る。三橋は青ざめる。全てを置いて日本に来たのに。
「戻らない方法が一つあるわ!」

 ちよちゃーん!とモモカンが呼び掛けると、色々な物を手にした篠岡が三橋の前にばーんと広げる。

雇用契約書。

 ボールペンは無論、印鑑朱肉まで揃っている。

「サインするともれなく会社内の個人保護法によって守秘義務が発生します。お買い得だと思わない?」
「う……」
「社員という事で、給料は発生するし、何より田島くんも泉くんもいるし。給料に関しては後でお話しましょ?そうしたら、メールには「個人情報によりお答えする事ができません。」と返せるわよ〜」
「うう……」
「さぁ、男なら胸はって、バーンと書いちゃえ!」
「ううう………」

三橋は完全にフリーズした。

 数分後、モモカンのありがとう!という声が部長室から遠いところでも聞こえたのであった………。