「そりゃ、こんな状態になるまで研究してたら残業なんのも無理ねぇな。」
昼飯あとのペットボトル茶で喉を潤しながら泉が言った。広いフロアだから良いものの、狭かったら雪崩を起こしていたかもしれない。三橋にとっては大変だったろう。
「三橋!これ、バーチャルネットゴーグル?」
田島がクエスチョンマークを出して問うた。何故なら、自分たちが使っているゴーグルとは違い、ケーブルやら何やらがほぼ全て剥き出しの状態なのだ。泉が見たら「これなんだ?」と問いかける存在である。三橋も田島に言われてキョドっている。か、返事は「そうです。」であった。
「もしかして、改造?」
それには「違う。」の返事。
「んじゃなんだ?もしかして、つく……っ」
泉が冗談だろうと思いながら言ってる途中にそれが真実と気付いた。実際、三橋も恐る恐ると頷いてる。
「やっぱすげぇわ!」
田島が感嘆の声をあげる。三橋はぴゃっと意味不明な声をあげて車椅子からずり落ちそうになる。慌てて泉が抱き止め、もとの位置に戻す。
「自作できるんだなぁ。」
そんな泉も興味津々。
「む、ムリです。」
好奇心旺盛な二人に対し、三橋は半泣きになって答える。
「えー」と泉と田島の声に、「脳波とか、色々測定しないと出来ない。」と三橋は答える。
「三橋は自分の、知ってるんだな。」
田島の問いに頷きでかえす。
「実験…自分…」
「え!自分が実験体!」
またまた田島の問いに頷きで返す。
二人は顔を見合せると、
『はあ〜』
感嘆だかなんだか分からないため息をついたのである。
「この特許で、三橋は生活出来なかったのか?」
ふと思い付く。泉が質問するのも無理はない。
「お、オレ…ひと…持ってった。」
三橋の話に田島の眉がきりっとあがる。
「お前に造らせて、他のヤツらが特許申請しただと?」
えっ!と泉が驚く。
「オレ、は、研究ができれば それで いい。」
アメリカの、とある大学のサークルから会社になり、急成長する中、三橋は孤立していった。
「その時、足が動かなくなったんだ。」と三橋が続ける。
今や上層部となった仲間たちに退職届けを出すのは簡単だった。国籍も取得していなかったことも幸いして、三橋は日本へと戻り、退職金でアパートを建て、大家となったことを告げた。
「研究家がアパートの管理人…なかなか壮絶な人生だな。」
泉の言葉に三橋はうなだれる。車椅子がきし、と鳴る。
「でもまあ、あのアパートにオレたちが入居して、三橋も再就職できて万々歳だな!」
はしょりすぎ、と泉は思ったが、意見はさほど変わらなかったのでスルーした。
「今度一緒にネット潜ろうぜ!」
何なら今からでも。と言い出す田島の頭をぱしんとはたき、「三橋は今論文書きの最中だろーが!」と叱る。
「あー、そうか。ならまた今度。」
「う ん。」
しっかり頷いたところで1時。午後の作業だ。
「三橋、気が散るかもしんねーけど、それだけは謝っとくわ。」
泉の謝罪の言葉にぶんぶんぶんと首を振り、「そんなことない」と否定した。
「オレらが騒いで三橋の論文がぱあになったらこっちもモモカンにケツバットだもんな。」
田島が言って身を震わせる。よほど怖いらしい。
「さ、三橋。必要な資料があるなら言ってくれな。」
「う、ん。」
一日がかりで半分仕分けした本や雑誌の山は、近くの本棚に収納され、三橋は就業時間ぴったりに二人に拉致られ定時退社となり、住み処になっている仮眠所で田島と泉から「早朝出勤はしません」と宣言するまでお説教タイムとなった。
「で、論文はどのくらい出来上がってんだ?」
泉がエプロンを着けて、肉野菜炒めを作っている時に尋ねると、三橋は田島と一緒につまみ食いをしようとしていた。二人をはたいて「今度やったら油をかける」と脅した。熱かろうが温かろうが油は油。風呂場まで地獄の様相になることは目に見えてわかっている。
二人して体を強ばらせながら「もうしません」と誓いの言葉を言うと、出来上がった肉野菜炒めが乗っかった皿がでん、と置かれた。あとは三橋がちょくちょく作っている惣菜を取りだし並べると、夕食となる。
三人揃って『いただきます』を言うと、戦場と化す。
三橋はこう見えても大食漢で、もももと良く食べる。
他の二人はそれ以上に食べる。三人の茶碗がどんぶりであることでわかるだろう。色違いのそれらは容量は一緒だ。
「で、さっきの問いに戻るけど、どれくらい進んでるんだ?論文。」
「も もう少し!」
実験などは完了しているので、そこから導き出された答えを書けばいい。と三橋は言った。
「あと何日くらいだ?定時計算で。」
田島の問いに三橋はビミョーな顔をした。
「一週間以内に書いたらオレお勧めの焼肉屋に招待…」
「書く!」
言い切った!
焼肉パワー、侮りがたし。と泉が思っていると、「ウソついたらダメなんだぞー」と言い出した。
「あと何週間?」
三橋はしょんぼりしながら震える指を三本立てた。
「約一ヶ月か…」
「書き上がったら焼肉屋連れていってやんよ。それまでオレと泉の夕食でガマンな?」
「お前はカレーしか作れないだろーが!」
「シチューも作れるぜ。」
とブイサイン。
「ただ入れるモンが違うだけだろ…それ……」
がくっと項垂れた泉とは別に三橋はキラキラ目線だ。
「た のしみ!」
「おお!楽しみにしておけ!」
カッカッと笑うと、食器を片付け始める。
「お、オレ…」
「三橋は風呂!」
「はい…」
車椅子が音もたてずに動き出す。部屋に下着やら何やらをとりに行ったのだろう。
「明日、阿部から呼び出し受けてんだよなー。」
「オレは花井。」
三橋が見えなくなったところでひそひそ話。
「たまに見に行くか。」
「さんせー!」
大きな声出すなとどつかれるのは1秒後。
三人はそれぞれのエレベーターに別れ、三橋は研究室に、田島と泉はいつものフロアに向かう。
「おっはよーさん」
「うす。」
そんな二人に朝の挨拶が入る。それに応えていると、我らが強敵、阿部と花井が姿を見せた。
「緊急ミーティングだ。すぐに第三ミーティング室に来い。」
言い捨てて阿部はさっさと分厚い資料を抱えてフロアから出ていった。
「なんだありゃ。」
泉が怒りも露に言うと花井がため息つきながら落ち着け。まあ。となだめにかかる。
「実はな…」
「やっぱり出たよ。ぴちぴちのウイルス君。バックドアで侵入するだけしたらクラック。CPUまるっとデリート。」
うへぇ。と話の腰を折るのが得意な水谷が今日はうまく状況を教えてくれた。
「へー、いつから?」
「昨夜の3時くらい。海外で同時多発。」
花井が説明をする。疲れているようにみえるのは一報を受けて真夜中に会社に来たからだろう。
「さっさと行くぞ。阿部がぶちギレるぞ。」
へーいとおざなりな返答をしながら二人はこそこそと話し合い。
「三橋の社内アドきいときゃ良かった。」
「休憩中に行くしかないな。」
「三橋寝坊して社食だかんな。」
「急いで席取りしないとな。」
互いにうんうん頷きあうと、「急げ!二人とも!」と花井の声がかかる。
パソコンの林を二人は走っていった。