最近、三橋の帰りが異様に遅い。

 自分たちが夕食の用意している状況が一週間。三橋は疲労困憊して帰ってくる。何をしているのかを尋ねると、「モモカンの手伝い」としか言わない。
 三橋の口調から察するに、嘘ではないが真ではない、といったところか。
 だてに同じ屋根の下で暮らしてきた訳ではない。三橋の口調は嘘がつけない。キョドり方一つにしてもウソホントはわかるのである。
 夕食を二人でつつきながらあーだこーだ言っていると、部屋をノックされて振り向く。いつもの三橋の叩き方だともっと下で大人しい。だが、今のは確実に成人の位置からのノックだ。
「誰だろ?」
「残業頼むとか言ったら断われよ。」
 田島が立ち上がってドアを開けると、そこにいたのは部長さん。
「こんばんは。田島くん、泉くん。」
「泉ー。百枝部長〜。」
「声でわかる!」
 まさかの部長来訪に泉も驚きながら慌てて入口へとやってくる。
「三橋がまだ帰ってきてないですが…。」
「うん。三橋くんは今忙しいから。」
 百枝がうんうんと頷きながら説明する。
「部長、なんで三橋はそんなに忙しいんですか?」
 泉が真剣なまなざしで問う。田島もつられて視線を百枝へと合わせる。
「そうねー。今日はもう少し時間がかかりそうだから、明日説明してあげる。帰ってきた三橋くんにそれを尋ねるのは禁止ね。明日にはわかるんだから。」
「はい…。」
「…了解。」
 しぶしぶと二人頷いたところで田島の携帯がヒョロロンと鳴る。相手は三橋だ。
「お、三橋、お疲れさん。…まだかかるのか?了解。晩御飯用意して待ってるからな。メーワクなんて考えてねぇって。頑張れよ!」
 言って通話が切れると、百枝が苦笑していた。
「三橋くんも今日が一番の山だからかなり遅くなるはずだわ。明日少しなら遅刻していいから、しっかりと三橋くんを見てて頂戴。」
『はい!』
 二人揃った返事にうんうんと頷きながら百枝は「じゃあ帰るから。」とお疲れ様とおやすみなさいを言い残すと去っていった。
「三橋、なにしてんだろな。」
「ああ…まぁ、明日わかんだろ。」
「だな。」
 二人頷き合うと、また席に戻って夕食を食べだしたのである。

 その時、研究室で、ぶぇっくしょいっと三橋がくしゃみしていた事は誰も知らないトップシークレットだったかもしれない。


 田島と泉がはよおはよ言いながら食卓へと向かうと、三橋の姿はなく、きちんと盛り付けてある朝食と、『どうしても間に合わない用事があるので先に行きます。ご飯も炊けてます』といった内容の書き置きが置いてあった。
 泉が無言で二人ぶんのご飯を盛り、田島に渡すと、いつもよりテンションの低い「いただきます」を言い、食べ出した。
「三橋の仕事ってなんだろな。」
 食べだすとそれはそれ。早速二杯目をよそいながら田島が呟く。
「さあ。今日モモカンが教えてくれんじゃね。」
 言いながら泉も席を立つ。視線の先は五合炊きの炊飯器だ。
「まぁ、そーなんだけどよ。」
 泉がいないことをいいことに、双方の好物である豚のしょうが焼きにどわっと箸を突っ込む田島に「あ、こん畜生」と怒りながらも手早くご飯を盛る。三橋も急ぎながらもしっかり食べたらしい。いつも朝は四合炊いているのだが、既に底が見えだしている。炊飯器の隣には弁当箱が二つ、鎮座ましましている。
「三橋、一体何時に起きたんだ?」
 ぶつぶつ言いながら席に戻ると田島が席を立つ。哀れな姿になった豚のしょうが焼きとともに。
「田島!てんめえ!」
 泉が人も殺せると噂の視線を投げかける。田島は慣れているのでそよとも思わない。水谷がいたのであれば腰を抜かしていたかもしれないが。
「きっと弁当に入ってるって。」
 だが田島が戻ると二番人気の青菜のベーコン炒めがかなりの量を減らしていた。
「あー、やっぱり朝は三橋必要。むしろ必須。」
 二人して全てのおかずを制覇した二人は、三橋のありがたさに「ごちそうさま」の言葉に乗せて言った。
「モモカン、何を教えてくれんかな…」
「知るか。」
 一刀両断した後、一足早く泉が表へと出る。
「待てよ泉!」
 これはいつも変わらないうるさい掛け合い漫才のような言葉の応酬となったわけである。


 田島と泉が揃ってフロアに行くと、待ち構えてたのか篠岡から部長室に来てくださいねコール。コーヒー一杯ぶんの時間をもらい、さかさかと部長室に向かう。
 篠岡がにこにこしながらモモカンのもとへと案内する。
 パタン、と扉が締まると待ち構えてたのかモモカンが受話器を取る。


あ、三橋くん。おはよう。
今からそっちに行くから、認証システムのパスを二人ぶん新しく発行しておいて。どのくらいで出来そう?

…20分。了解。じゃあ、多めに見て30分後に行きます。二人ぶんは見てからのお楽しみ。じゃあ後程。

 がちゃ、と受話器をおろすとモモカンは二人を見てにこ、と笑った。

「三橋くんが今どんな仕事しているのか気になってしょうがないって顔してるわね。」
 開口一番、ど真ん中の事を言われ、二人は少したじろいだ。だが、すぐに復活して同時にはい。と頷く。
「三橋くんにも誰にも言ってはダメって言っておいたからね。それは仕方のないことだよ。そこまでいい?」
 またもや「はい。」と元気な返事。
「で、三橋くんがどんな仕事しているのかと言いますと…」
 モモカンは歩くと、端にある金庫をいじり、中から何やら書類を出してきた。記号やら何やらがてんこ盛りの英文の書類。
「…論文?」
 二人して有名大学中退という道をたどっている上、ネットワークを旅していると自然ある程度の語学力も身に付く。だが、その論文は二人の頭をくっ付けてうんうん呻いてもなかなか理解できるものではなかった。
「今、三橋くんが作っているのがそれ。」
 わっと二人が思わず声をあげる。
「二人は知らないかもしれないけど、三橋くん、あの若さで何個も博士号を持っているんだよ?」
 え。と二人またもやハモる。三橋のことになるとシンクロ率が高くなるようだ。
「今まで浜田くんのおかげもあって、アパートの管理人に収まってたけど…」

燃えちゃったね。

 モモカンが言う。二人とも慎重に頷く。
「それでばれちゃったの。」

 三橋くんの居場所。

 モモカンのとった行動は三橋を社員に迎え入れ、会社で持つ個人保護で守ること。
「知ってるかな?バーチャルネットゴーグルのほとんどは一人の科学者によって作られたって噂…」
「知ってます。現在、バーチャルネットゴーグルがファームアップしかしないのはそいつが…いなくなった…」
 泉が話の途中で切った。まさか…という視線が二人ぶん、モモカンに注がれる。
「その答えは『イエス』。三橋くんにも確認とったわ。」
 うっひゃー!と二人は天を仰ぐ。つくづくシンクロ率の高い二人だ。

 その時、モモカンの電話の内線が鳴った。受話器をとると「ありがとう。なら今から行くね。」と返事。相手は三橋からだったようだ。
「さあ!三橋くんの仕事場に行くわよ!」
 もはや二人はモモカンのあとをふらふらとついていくしかなかった…。