授業は紅白戦。前回と違うメンバーで行われる。三橋がピッチャーだということ以外、何も決まっていない。
「三橋がピッチャーだな。じゃあキャッチャ…」
「オレ!オレオレオレオレオレ!」
 なんだよー、オレオレ詐欺かよー。と誰かがツッコミを入れるまではいはいはいはいはいっと手を挙げたのは、自分と同じくらいの背丈のクラスの者。名前も覚えていない。クラス替えとかあって、別れてしまえばそれだけだからだ。あえて名前を覚えようとしなかった。どうせこんなウザくてダメピーはすぐに忘れられるだろうから。
 るさい。分かったからだまれ。と教師が苦笑まじりでバインダーに挟んだ紙に書いていく。サード、レフト、と名前で決められ、それぞれがそれぞれの場所へと向かう。
 三橋の足は、重く、軽かった。

 オレは投げちゃいけないんだ。
 でも、投げられる。

 その時、ある事を思いつき、今日のキャッチャーのもとへと向かった。
「あ…あの………」
「何?」
 オドオドとした声にはっきりとした声が返ってくる。もう少しで「ヒャッ」と飛び上がるところをどうにか押さえて、前回違うクラスメイトに言った言葉を言う。
「こっから…」
 すすす…と指を巡らす。
「…ここまで」
「うん。ストライクゾーンだな!」
 キャッチャーの男子がいきなり楽しげに大きな声で返事を返してくる。良く叫ばなかったとドッキドッキしながらも言葉を続ける。
「そ、そ、そう。そこに適当にミットを構え…やってくれた、ら、あああ後は自分でそこに投げる…」

 サインなんて、もう何年も貰っていない。自分で考えた配球で。

 打たれる。それで、おしまい。

「ちょっと待った!」
「ひゃっ!」
 今度こそ三橋は飛び上がった。何か自分は悪いことをしたか、キョドキョドと不審な行為を始める。目から半分涙が出始めているのが分かる。
「えーと、えーと、いいや、お前、おまえ、おーまーえー!」
 大きな容赦の無い言葉にさらに三橋は脅えてしまう。しゃがみ込んで、とうとう目から涙がつつっと伝った。
「タジマっ!」

 げしぃっ!

 その時、もう一人、誰かがやってきて「タジマ」という者をどうにかしたらしい。
「ってーな、イズミぃ。オレ何もしてねーぜ。」
「してねーなら、なんでこいつ泣いてるさ?」
「知らね。」
 と、視線がこっちに集まるのが分かる。さらにぎゅっと小さくなり、見ざる、聞かざる、あまちゃづる体制に入る。
「えーっと…えーっと、み…そうだ。三橋だ。三橋…くん?」
 おそるおそる、と片割れが話しかけてくる。その言葉にもギクリと脅える。
「なーんもしねーって、とって食おうっ…ぎゃっ」
 大きな声にまた脅えたが、途中で消える。何をしたのだろうか?でも顔をあげるのが怖い。
「何もしないから、とりあえず、顔、あげて? な?」
「ほーんと何もしねぇ…モガッ」
 その言葉におそるおそる顔をあげると、涙でにじんだ瞳に二人同じような背丈が入る。ごしっとジャージのそでで目を拭う。そうするとちょっと困った顔と興味津々な顔が覗いてきていた。
「大丈夫?」
 うん。大丈夫じゃないけど。大丈夫。と頷く。
「おーい、お前、中学の時、投げてただろ!」

 ギクッ

 三橋の顔に、その言葉が走った。
「あ…あああ…あ…」
「投げてたんだな。」
 言葉は出ない。その代わりに涙が出てくる。震えが走る。片割れがぽんぽんと背中を叩くが、それでさえびくっとして完全に拒否反応を示した。
「タジマ、いい加減にしろ。」
 小さく、ゆっくりとした声で片割れが諫める。
「な、三橋くん。まずは涙拭いて…立ち上がって?立ち上がれる?」
 優しい言葉に、少しだけ緊張を解いて、三橋はまたぐいぐいと拭うとゆっくりと立ち上がった。にきび跡が残っているクラスの人だ。
「うんうん。で、さ。」
「ストレートにカーブにシュート、他に何があるんだ?」
 ようやく落ち着いたと思ったらもう一人がギョクッとすることを尋ねてくる。三橋の頭はパンクしそうになっていた。
「ああああああ、あと…スラ…」
「スライダー?…他は…」
 キラキラと瞳を輝かせてそばかすが浮いたほうが尋ねてくる。
「えっと後は…」
「いいや、それはまた今度。よし、4つあるならサインきめよーぜ!」
『はぁ?』
 ニキビ跡と三橋は同時に驚いた。学校の授業にサインまで決めるにわかキャッチャーがどこにいる?
「じゃー、きめっぞ。グーがストレート。チョキがスライダー、カーブがパー、んでもって、シュートがサバラ。でいい?」
『さ、サバラ?』
 今度も二人とも声があった。
「なんだよー、サバラも知らねーのかよ。「まことちゃん」を読め!ちい兄ちゃん絶賛だ!」
 良くは分からないが、グーとチョキとパーをあわせたようなのがでてくる。とりあえず、頷いた。これくらいなら、どうにか、なる。
「んじゃ、完封、いくぜー、みっはしー!」
 ばんばんばんっと背中を叩かれ、「ぴゃっ」と声をたてたが、足が一歩進んでいた。そのまま走り出す。教師が「早く始めろ!」と言い出したからだ。
「がんばろーな!」
 もう一人が言われて、ビクッとなる。18.44メートルを走る。涙は出てこない。マウンドに立って、ふぅ、と息をつく。前回はおんなにあがりたくなかったマウンドが、今日は何故か落ち着いてあがれた。正面を見る。すでに打者が立ち、三橋が投げるのを待っている。キャッチャーはやや右よりにミットを構え、「チョキ」を出す。
 うん。と頷いて、三橋は大きく振りかぶった 。