放課後、三橋は第一グラウンドにいた。ジャージ姿で。
「ああ、そんなに固くならないで。」
部長らしい人が言う。が、三橋はビクッと飛び上がる。先輩+他人の声である。ビビリ魔キョドリ魔な三橋には無理な話である。
「とりあえず、50メートルほど走ってみようか。」
短距離か中距離か、それとも長距離でも平気なのか調べたいからね。と部長は言った。三橋がもうすでに部に入っているかの口調だった。
「は…はぃ。」
田島や泉や浜田のおかげで、クラスの顔は覚えた(名前は半分以下だったが)から分かったが、隣には違うクラスだ。が、同じ学年の陸上部員。短パンはいて、いつでも来い状態である。
「位置について!」
三橋はんしょ、とクラウチング・スタートの姿勢をとる。授業でしかやったことないのでどうにかできた。
「よーい…」
顔をあげる。一直線に伸びる線がきれいだな。と思った。
パン!
音と共に走り出す。中学の時、どのくらい走りこんだか分からないが、ダッシュは得意なほうだった。
5メートル、3メートル、とゴールが近づいてきて、ゴール。慣性に従って軽くスピードを落としながら三橋は軽く荒くなった息をつく。
タオルで顔を拭こうかな?と思っていた時、さっきの部長がやってきた。
「三橋くん、ちょっと1500メートル走ってみてくれないかな?」
断る理由もないので、頷く。今度も同じ学年で、違うクラスの人たちで、合計5名。
パーン、という音と共に、走り出す。1500メートル程度はダッシュで走っても構わない距離だったので、そのままいつもの通り、走る。
走り終わった後、さすがに荒い息をつきながら三橋はタオルで顔をぬぐっていた。すると、二人、三橋の前に立った。さっき中距離を走った人と短距離を走った人だ。
「なぁ、お前。」
「は、はい。」
「なに、3年と同じタイムだしてんの?」
2年の先輩、ショックうけてんだけど。と続ける。
「お前、仮入部だろ?もう少し考えて走れよ。」
違う。と三橋は悟る。この人たちの言葉の裏は違う言葉を話している。
すなわち、「自分たちより速く走るな」。
「すげーウゼぇな、てめぇ。」
その視線はもう見慣れていたものなので、何も言わない。反対にここでもか、と思う。
帰宅部が一番気軽だ。帰って、庭で投げて、風呂に入って、食事にして、勉強して、寝る。その繰り返し。
それを乱してきたのは野球部で、陸上部だった。
「まぁ、いいや、今度から手抜いて走れよ。」
言いつつ去っていく者たちをぼんやりと見る。それはできない、と三橋は心の中で叫んでいた。
やるなら、できるなら、自分のベストを投げる。キャッチャーの指定したところを目指して……
あれ?
今オレ、なんか…と思ったところで「三橋くん!」とやけに張り切った声が耳に入る。
「は、はい。」
相手は何か紙を持っていた。ボールペンも。
「な、頼む。」
部長は言った。
「すぐにでも陸上部、入部してくれないか?」
中・短距離でフォームなしであんなに走れるのはいない。と部長は断言した。すこしフォームをいじれば、すぐにインハイに行ける。と続ける。
「部員も熱烈歓迎だ!」
え?と思う。今さっき1年が言っていたことを、この人たちは見ていなかったのか。見てみぬふりをしたのか?
中学時代が頭をよぎる。今はあそこではなく、ここ。でも…。
「あ、あの……」
三橋の口は、いつもより、スムーズに動いた。
「すみません。ダメで す。」
言うなり、走り出した。
その走りは、他の陸上部の部員の誰よりも速かった、と後に語り草となる。