家に戻ってくると、いつもの通り、「マト」に向かってボールを投げる。試合の後も全くそのコントロール性は失っていなかった。
(次、左下、シュート)
しゅっ ぱすっ
いつものところへと球は当たり、落ちる。
(次、真ん中、左カーブ)
しゅっ ぱすっ
いつもと変わりない、姿。
でも、三橋の心はすぐれていなかった。
『ナイピー!』
『ナイピッ!』
色々な場所から言ってくれる、優しい、言葉。中学のときには一度もかけられなかった、言葉。
首は振るな、と言われたけど、自分が配球を決めずに、キャッチャーがサインを送ってくれる。自分はそれに頷いて、振りかぶって、投げるだけ。
それだけ。
それだけなのに。
勝った。しかも5─0で圧勝。
信じられなかった。理解ができなかった。自分の投げた球で、打たれたことしか、点をとられたことしかないのに。
負けたことしか、ないのに。
次の日から、いつもの生活に戻っていった。泉も田島も今までどおり接してくれる。浜田も混ざって楽しく昼休みは過ごす。
でも、放課後は、一人。田島と泉はダッシュで部室のほうへと向かい、浜田は色々な人に呼ばれてどこかへ行ってしまう。
もやもや。
心の中が、もやもやしている。理由がわからない。相談するにも、「もやもやしている。」と言ったら彼らはどう答えを返してくるだろう。首をかしげるに違いない。彼らを困らせるのは怖い。
「レン、ご飯よー!」
母親の言葉に慌てる。初めて自分が投げていないことに気づいた。ずっと投げていなかったのだろう。いつの間にか真っ暗になっている。電気のスイッチを入れて、バケツに硬球を入れていく。
バケツに入れていくたび、モヤモヤが増えていくような気がする。
そして、今日もあの勝ったときの夢を見るんだろうな。と思いながら、バケツを所定の位置へと戻して、電気を切って、庭からリビングへとあがった。