試合が終わって、一週間が過ぎた。

 三橋は見学にくることはなく、いつもと同じ生活へと戻っていった。洗って、きちんと畳まれたユニフォームと靴と帽子は返却し、泉と巣山に礼を言い、いつもの姿へ…。
ただ、野球を抜きに、田島と泉、そして浜田とつるむことが増えた。田島の笑い声、三橋の半泣き声、泉の怒声、浜田の宥める声。

 1年9組は野球を考えなければ、とりあえずは平和なクラスであった。

 隣のとなりのクラス、1年7組は…沈んでた。

「あーべー、ボーッとしてんなよな!」
 昼休み、首脳会議という触れ込みで、栄口と花井と食事をとりながら話していた。だが、上の空。
 できることなら頭にイッパツかまして関節技ひとつかふたつかければふっきれるのだろうが、そんな状態ではないことはちょっと離れたところで女子と楽しげに話している水谷だってわかっている。昨日なんてモモカンにもう少しでケツバットの犠牲者になるところだったのだ。

 あの、阿部、が。

 理由もわかっていて、解決方法もわかっている。でも、それができないところがなんとも歯がゆい。
 野球はシーズンオフへと入っていくので、サッカー部が少し時間と場所の提供を求めてきたのだ。冬はどうやらミーティングもしくは筋トレオンリーの日が二日できてしまうだろう。仕方が無い。
「とりあえずは、来週は1日ミーティングで、1日休み、ということにするか。」
 ミーティングを二日続けて行うのもなんだと思う。それなら野球する!と騒ぐちびっ子がいるからだ。そのちびっ子も再来週から復帰が決まっている。
「休み…か。何か始まって以来のような感じがするね。」

 栄口がパンの袋をゴミ箱に向けて投げる

「ナイピ」
 ぼそっと花井が言う。「いやいや」と栄口が返す。
「じゃあ、サッカー部の部長に言ってくるから、曜日がわかったら栄口。」
「はいはい。みんなに言っておけばいいね。」
 ああ。と言って、花井は教室を出て行った。体育会系にとって午後の練習は貴重だ。連絡で時間をとりたくない。結果、こういう話し合いは昼休みに行われることが多い。
「阿部。」
 右から左。トンネル開通。
「阿部っ!」
 ぽっぽー、電車が走ります。もしやあずさ号か?先週大雨で止まっていたぞ。何をしてるんだJR?
「ンの阿部ったらあべあべあべしっ!」

 たすっ。

 栄口の額に手刀がキマる。
「あべし言うな。ひでぶ。」
 ぼそっと返された言葉に、小さいころはそれで年長者にさんざんいじめられたのだろう。手刀も言葉も年季が入っている。
「そっか。榛名さんあたりに言われたんだろ。」
「…その名はやめろ。タコ栄口。」
「なぜタコ?」
 この間から誰彼かまわずタコタコ言ってません?
「その口から黒いスミ代わりに黒い言葉が出てくる。」
 どーせ腹の中もスミばかりだろ。と言ってくる阿部の口調には全く力がない。
「やだなぁ、オレ、そんなに黒いかなぁ。」
 あははははは。と笑った後、栄口は笑顔のまま阿部を見つつ席を立つ。目は全く笑っていない。
「少なくとも無いものねだりをしてデパートでねっころがって暴れてる駄々っ子のような奴よかましだと思うけどね。」
 んじゃなー、水谷。おー。またなー。と言いながら栄口は去っていった。
「…やっぱ黒い。」
 ぼそっとつぶやいた阿部の言葉は誰にも聞こえなかった。