「花井…。」
ヒットを打って、それがもとで3点になったスコアボードを見ながらなんか不思議さを感じながら、周囲も何やら高揚感に包まれていた。そんな中、沖の静かな声に少し驚いた。
「何だ?」
なんとなく、なんとなく、沖の言いたいことはわかっていた、と思う。でも、促してみる。
「0点なんだよな。失点。」
沖もスコアボードを見ながらつぶやく。6回表。始めて見る、スコア。
「三振か、内野ゴロで終わってるし。」
カー…ン
巣山が打った。どこにどう打ったかわからないが、とりあえず揃って「ナイバッチー!」と叫ぶ。阿部が慌ててバットとかを取りに行っている。泉が帰ってきた。4点。
一年未満にしか投手経験のない自分と沖。それに比べてどうであろうか。
三橋は相手に相当なプレッシャーを与えている。「何であんな遅い球なのに?」
阿部も相手に相当なプレッシャーを与えている。「何であんなリードを?」
「沖、ネクスト!」
泉に言われて「あっ」と思い出したように「あとで。」と沖は言って、走っていった。
今、阿部が打者にまわっている。あの脳みその中では何を考えているのだろうか。
ゴツン
根元にひっかけたか、キャッチャーがファーストにボールを投げて、ツーアウト。
続く沖もピッチャーフライでチェンジ。
なぜだろう。
今まで投げる、守備することがあんなにつらかったのに。
この二人だと、なんでこんなに楽に感じるのか。
この6回までの結果だけでこんなに選手の心というのは変わるのか。
花井は周囲を見る。背中ばかりが多いが、隣を見ると巣山と視線があった。巣山の目もまたいつもと微妙に揺れていた。
「しまっていこー!!」
阿部の声が響く。腹筋に力をこめて、大きな口で怒鳴らないとここまで聞こえない。
だが、阿部の声は、自分たちの心にも響いていることに気づいていた。
「いいなーぁ」
そのころ、バックネット裏で、田島は一人ごちていてた。
三橋の投げた球は、寸分違わず阿部のミットへと吸い込まれていく。
「打ってみたいなー。カキーンって。」
振るまねをしてみて、少しまだ腹部に違和感があるのでやめる。暴走とか無茶無理無謀だとか言われているけど、自分が抜けたぶん、三橋が苦労しているのがわかる。自分がもしも盲腸にならなかったら、決してマウンドに立たなかっただろう。
『六甲のおそろしい水』を飲みながら、田島は見る。見守る。
西浦部員を、そして仮部員を。
仲間を、そして友達…弟を。
「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
今回も三振と内野ゴロのみで終わらせてしまった。「あれ」の「どこ」が「ダメピー」なのか訊いてみたい。と巣山は思っていた。走っている泉にその言葉を伝えたら「全く同感。」との答えが返ってくる。
「楽、なんだよなー。」
ぼそっ、と言った泉の言葉に巣山はドキッとする。そう、同じ考えだったからだ。
「そう、なんだよな。」
「え、なになに?」
レフトに入っていた西広が話しに混じってくる。
「あのバッテリーだと守備が楽って話。」
泉が簡潔に言うと、西広がうーん、と考えて言った。
「楽…そうか、楽なんだ。安心できるよね。」
安心、という言葉に二人は目を合わせる。さすが西広先生。
「確かに…」
「…安心、だよな。」
「って、西広、次、ネクストバッターだろ!」
「わ、忘れてた。」
わたわたと走っていく西広にふぅ、とため息をつきながらも泉と巣山も同じことを考えていた。
7回表、水谷・左中間にヒットを出すが、西広・三橋・三振で回が終わる。
裏もかっちりとバッテリーはしめた。
表は向こうのエラーがあり、1点追加することができた。
その裏もがっちりとバッテリーは機能した。
最終回攻撃は下位打席のこともあり、三者凡退。
そして裏。
三橋は投げる。最初と変わらず。
阿部は受ける。最初と変わらず。
最後の一球、投げる。
コーン
打ち上げる。三橋が小走りに駆け、キャッチ。
「アウト!ゲームセット!」
5─0
西浦高校の勝利であった。