その学校のグラウンドは、自分たちの学校のとあまり変わりなかった。
 モモカンと花井はその学校の監督とキャプテンと会話している。その間に阿部がキョドキョドと周囲を見回している三橋の所へとやってきた。
「三橋。」
 ギョクッ
 視線は合って…すぐに外される。だが。それを見ると表情が…変わった。
「肩をならすぞ。」
 それ ボールを手渡す。キョドっていた視線は阿部と向き合い、「うん。」とはっきりした声が返ってくる。
 何か一安心したような気分で、阿部は歩き出す。後ろには三橋。彼がまっすぐこっちに来ているのは肌で感じなくても空気で分かる。
 グラウンドの片隅でまずキャッチボールを軽く行う。見ると他のメンバーは何やらベンチでやりとりしている。が、集合はかからなかったし、もし集合がかかっても花井や栄口あたりが必ず呼びに来るだろう。
「あと少ししたら、本格的にやるからな。」
 うん。と三橋は頷いた。



 その頃、ベンチではもう一人の「見学者」で大騒ぎになっていた。
「たーじまー!」
 中学生にしか見えない私服姿でひょいっと登場したのは…田島だった。
「よっ」
 トコトコと歩いてくる姿に全員の頭がぐるぐるする。そしてぐるぐる内容を全て田島にぶつける。相手は「あの」田島だ。どんな返答も怖くない…いや、違う意味で怖いけど。

 人間、誰しも持っている「コワイモノミタサ」というやつである。

 そもそも退院したのか?
 屁は出たのか?
 その屁は臭いのか?
 アソコは剃られたのか?
 看護婦さん可愛かったか?

 最後の二言を尋ねた二人(名前はあえて控えておこう)はモモカンによって握られた。
 とりあえず、私服で来た田島に全員が安堵した。「このまま試合やる〜!」と言って内臓がそこら辺におっこって「内臓がないぞー、そんなことはないぞーってオヤジギャグ使いたかったんだよね。」と小腸あたりを持ちながらけろりとして言いそうだったので。想像したのか、沖と西広が「うぐっ」と口元を押さえている。ボールが当たるのも痛いが、血を見る方がさらに怖い。男というものはそういう生き物だ。
「あ、三橋、やってるやってる!」
 阿部とキャッチボールをしている姿にニカッと田島が笑う。その時を見計らったのか、監督が口を開いた。

「ねぇ、エース、欲しくない?」

 ボールがあると顔が引き締まって、ないとただの挙動不審者になる。ヘンなヤツだ。と思いつつ、防具を取りにベンチへ戻ろうとすると、『おお!』というかけ声が耳に入った。驚く阿部、ビビる三橋。
 なんだなんだとベンチへ戻ると病院にいたはずの顔が…
「た、田島、く ん…」

 駆け寄る三橋。ユニフォームをまとった三橋。背中にはしっかりと1の番号をつけて。

「おぅ、三橋!」
 一瞬驚いた顔をした田島だが、すぐにニカッと笑った。
「だ、だいじょう ぶ?」
「おぅ!昨日退院したから」

 はぁ?

「田島…バケモノ?」
 栄口の言葉に田島ががうっと吠える。
「ちゃうちゃう!今サイキンのイリョウギジュツはサイシンエイでフク…なんとかっていう穴っぽこあけるだけでモーチョーがとりだせられる便利なものもできてるんだぜー。」
 その代わり…と田島が呟いた。ちょっと俯きがち。

 なに、アソコ剃られたの?と全員が注目する。

「全身麻酔だったから、寝てる間にサイシンエイの機械みられなかったー。」

 そんなもんですかい。とがっくりする全員。
「あとから考えてみたらさー。看護士さんがさー、アソコ剃ってくれたらゲンキになっちゃって困っただろーなー、とか。」
 うんうん。と頷きながら田島はしゃべる。
「た、田島く ん。」
「あー、なんだ?三橋。」
 ぎゅっと手を握って、半分泣きそうな顔をしている。「ん、どした?」と首を傾げる田島。
「お見舞い いけなくて ごめんな さい。」
 目の尻から、ぽろっとこぼれるものがあった。田島は少しだけ真剣な顔をしたのち、にかっと笑う。

 ぼふぼふ。

 頭を叩くように撫でながら、「仕方ねーだろ?オレの代役やってくれたんだから。」と明るく言う。
「で でも…」
「あの病院はここの練習が終わったあと、タクシーとばしてでも面会時間には間に合わない。三橋、ずーっと練習してくれたんだろ?だから、それでいい。」
「でも…」
「あー、でももクソもない。…よし。兄ちゃんからの命令だ。」
 ニヤ、と笑うと三橋の目をのぞき込み、言った。
「今日、絶対に、勝て!」
「………うん。」
「もっとしっかり!」
「うん!」
「よっしゃあ!」
 がしっと肩を組んでイヒヒと笑う。
「じゃあ、ガンバレよ!」
 今日は部外者扱いになるから、ネット裏での応援になる。と田島は言って、もう一度三橋の頭をぼふぼふすると「がんばれよー!」とその場に歩いていった。昨日の今日で、まだ走る勇気はないらしい。



「…勝て……………」

 ぽつり、と漏らした三橋の言葉は丁度戻ってきて隣にいた花井の耳に入った。
「三橋。気負いすぎなくていいからな。」
 どうも世話焼き体質がでてしまう花井。
「う…お………」
 田島との会話の差ってどうよ…と花井はちょっとイラッとした。だが、田島と三橋は自分たちが知る前から友達(兄弟?)といていたのだ。自分はのべ一週間程度しか付き合ったことがない者なのだ。
「お…オレ……ま…負け…てたか ら。」
 へ?と花井は首を傾げる。球速は遅いが、変化球を持ち、なおかつあの「まっすぐ」があるのに…。
「キャッチャーとかはどうしてたんだ?」
 キャッチャーという言葉にひっ、と三橋は少し息をあげる。だが、少しして口を開く。
「…サインは…もらえ…なかっ た。だ、ダメピー、だった、か ら。」
「さ、サイン貰えなかったって…お前、自分で配球考えてたのか?」
 少しあって、こくんと頷く。花井は頭を抱えそうになった。ふと気づいて問う。
「阿部にその話したか?」
 してない、と答える。そんな余裕なかったから、と続ける。
「そうか…。」

 投手を欲していた者。
 捕手を欲していた者。

 まだまだ全くかみ合っていない(それどころか片方は仮入部だ)バッテリーが、だけど欲しているところは一緒のバッテリーが、今日、誕生する。

 どうなるのか。

「全員、整列よ。」
 近くにいたモモカンの言葉にはっとなって花井は大声を上げた。

「集合!整列!」

 互いの選手たちが並んで「しやっす」「しやすっ」とか言いながら頭を下げる。
 相手校のバッテリーが数度投げ合い、確認する。
 トップバッターの泉がゆっくりとその場所へと進む。

「プレイボール!」

 審判の声が高々とあがった。