田島がいたら「オレやるっ!」と絶対言っていたであろう役割を、栄口が果たしていた。
 泉からきいていたけど…確かに…すごい家だ。
 既に携帯で三橋を起こし、今その近くで自転車を止めて待っているのだが…。
「い、いってきま す!」

 バタンッ

 キィッ

 ガシャン!

 慌てている声、慌てて自転車を出そうとして…失敗してコケたか?
 栄口はその場に自転車を止め、三橋宅へ行こうとしたが、どうやら杞憂だったらしい。よれよれとしながらも三橋はちゃんと自転車に乗ってきた。
「おはよー、三橋。」

 ビクン。

 うわっ、コケるなっ!

 栄口は恐る恐る見たが、ちょっと呆然とした顔をして、こっちを見ている三橋がいた。
「さかえ…ぐちく ん。お、おおはよう。」
「一緒に行こうって行ったろ、行こう!」
「う…うん!」
 早朝は冷えてきた。もうすぐ息も白くなるだろう。栄口は三橋を先導するように走った。
「チャリは部室棟前に置いて、着替えたらグラウンドでまたチャリだから!」
「はっ、はいっ!」
 速度は朝だからMAXだ。野球部員の足についてこられるかな?と思いきや、三橋は全然息も切らさず走ってきている。
「あ、泉だ。」
 前方から聞こえる声に交差点を見ると、軽く手をあげた栄口に答えるように泉が軽く手を挙げる。
 交差点で次の信号を待っているうちに泉が追いつく。
「おはよー、三橋、栄口。」
「おはよー。」
「おは、 よ。」
 スピードは変わらず、3台の自転車は走る。
 校門近くで沖と水谷と合流して、わーっと部室棟まで走る。棟まで着いたらカギ閉める間もなく走って部室へ。
「カギしなくてもすぐに行くからいいんだよ!」
 律儀にカギをしようとしていた三橋を泉がひっつかみ、部室へと問答無用で引っ張る。部室にはすでに巣山がいて挨拶が交わされる。
「はい、とりあえずの三橋のロッカー。」
 指し示されたのは、真ん中からやや窓際のところ。
「とりあえずは拭いておいたから。」
 栄口の言葉に言葉もでない。
「はい、三橋、練習着一式。」
 泉からほい、と手渡される練習着。
「三橋…くん。はい、オレのスペアだけど…。」
 と巣山から渡されるスパイク。
「臭くない?」
 泉がからかうように言うと「安心しろ。オレの足の香りはラベンダーだ。」との返答。「それってトイレの匂いじゃん。」と言い、ゲラゲラ笑いながらみんな着替える。
「三橋、はやく!」
 泉の声に慌てて三橋も着替え出す。久しぶりの練習着だが、着替えは身体が覚えている。ただ慌ててるだけで。
「三橋、ボタン1コずつずれてる!」
 水谷の言葉にはっとしてもたもたとやりなおす三橋。時間がない。
「手伝う。」
 泉がそれに加わりてきぱきとこなす。
「あ、忘れるところだった。はい、帽子。」
 ぽすん、と重力に逆らった寝癖頭に栄口は野球部のキャップをかぶせた。
「よし、行くぞ!」
「おーっ」
 全員、雪崩のように向かい出す。
 三橋の頭は、完全にぐるぐるになっていた。それでも皆のやる通りに自転車に再度またがり、グラウンドを目指す。
 グラウンドの側に自転車を止め、めいめい持ってきたスパイクに足を通す。おたつく三橋に栄口が今度は手を貸す。
「はよーっ」
 栄口が入って
「おっはよっ!」
 水谷が入って
「おはよう!」
 沖が入って
「おはよう。」
 巣山が入って
「お、おはよう、ござい ま す。」
 三橋が入った。恐る恐る。
「今日は全員早いなー。」
 先にグラウンド整備をしていた花井と阿部が近づいてくる。花井は集まっているめいめいへ、阿部はずんずんと音を立てるかのように三橋のもとへ。
「おい。」
「ひゃっ!」
 至近距離まで近づき話しかけた三橋の反応はすでにオーバーワークといって良かった。
 それに気づかないまま阿部は話す。
「朝はストレッチの後、とりあえずお前の投げる球確認するから。」

 ぷすぷすぷす…

 三橋の耳から煙があがっている。
「きいてるか!お前!」
 軽くプツッとキた阿部が怒鳴る。
「うびゃあぅ!」
 もはや叫び声も意味不明の三橋。
「阿部、怒鳴るなよ。三橋、落ち着け。」
 栄口が間に入って三橋を宥める。見事三橋は半ベソだ。
「いい?ストレッチ終わったら、阿部が三橋の投げる球の確認したいんだって。大丈夫?」
 ゆっくりしっかりした口調で、栄口が三橋に説明する。その言葉でようやく三橋が戻ってくる。
 こくん。こくん。
 頷く三橋。そして阿部のほうを向いて「電光石火でキれるなよ、阿部。」といつもの口調。ただし、目が全く笑っていない。その恐怖から逃れたものは今のところ…いない。
「お、おう。」
 少しビビりモードで阿部も頷く。
「ストレッチはじめっぞー!」
 泉の言葉にまだストレッチをしていない栄口が走り出そうとして、ついでに三橋の腕も掴む。
「ほら、三橋、ストレッチ。」
「う…ぉ…。」

 こうして三橋の土曜日までの練習が始まった。