「三橋くん、ちょっと。」
泉がほっとしたのもつかの間、栄口が手を掴むとぐいぐいと引っ張った。
「え、お、う?」
訳分からずにそのまま歩を進める三橋。泉もその後を追う。
着いた所は野球部の部室。
「あ、ここで靴脱いでね。」
何のためらいもなく、栄口はバタンと開けると、三和土もどきな場所に靴を脱いで揃える。
「え、え、え?」
もう何が何だか分かっていない三橋。
「三橋、靴脱げ、後ろ詰まってる。」
泉の言葉にはっとして、慌てて靴を脱ぐ三橋。何が何だかよく分かっていない。
とりあえず靴を脱いできちんと揃えると、視線が自分に集中した。三橋、硬直。硬直、三橋。
「まぁまぁ、落ち着いて。」
全員に「てめーら、ヨケーな口だしすんじゃねーぞ。」という視線を送りながら三橋の世話をする栄口。
「まぁ、立っているのも何だから座ってすわって。」
栄口が詰めろ詰めろとギューギュー押して、一人分の席を確保する。んでもって三橋をちょこんと座らせる。
泉と栄口の効果があってか、オドキョドしない三橋に窓側にいた背の高い人がこっちへと来た。
「三橋くん…。」
「は、ははははははい。」
そこで急に自分がどういう状況に置かれているか分かったのか、急にキョドりだす三橋。それを後ろから「どうどう」と宥める泉。
「頼みがある。」
その前に名乗ったらどーだ?という言葉にあ、しまった。と彼は呟く。
「オレ、野球部のキャプテンやってる花井。あー、この間名前だけは言ったか。んでもって頼みというのは…。」
仮入部してくれ。
その言葉に、キョドっていた三橋は今度はピッキーンと固まった。
その時、花井と名乗った者の携帯が鳴る。
「もしもし。あ…監督。」
全員の視線が花井に集中する。
「田島、どうなんですか?は?盲腸?」
盲腸の言葉に全員ホッとする。田島も人の子なんだ。と誰かが呟き、大多数が頷く。
「で、手術。…はい。はい。はい。分かりました。そっちのほうは、今やってます。」
ちらっと三橋を見て、花井は数度話を交えた後、携帯を切った。そして全員のほうを向いて報告する。
「田島は急性盲腸炎で緊急手術。なんだか良くわからねーが、最新の方法で手術を受けるから、復帰は1週間後。」
おおおお。という言葉があがる。
「で、だ。」
ぐるり、と三橋を向く。
「うちの部は9人しかいない。で、田島が抜けた今、8人しかいない。」
うんうん。と三橋が頷く。キョドりながら。
「で、オレがいつもならピッチやっているんだが、田島が抜けたんなら4番にコンバートすることになる。」
うんうん。と三橋が頷く。さらにキョドりながら。
「だから。」
そのキョドキョドやめてほしいなー。と花井は思いながらも言う。
「今度の練習試合だけでいい、ピッチャー代わりにやってくれないか?」
「三橋くん、お願い。」
栄口が手をあわせる。
「三橋、田島の弔い合戦と思って…。」
おい、田島勝手に殺すなよ。
そこにいた全員のツッコミを無視して泉が言う。
「嫌かもしれない。いや、嫌だろうけど。でも、練習試合に穴はあけられないんだ。」
しばしの沈黙の後、三橋がようやく口を開いた。
「れ、練習試合、い、いつ…?」
「今度の日曜。」
「き、今日火曜日…。」
ひぃっ、と三橋が半分叫びながら言う。その時、花井を押しのけ、割り込んだ者がいる。
「日曜日までにはまだ時間がある。サイン決めて覚えれば、しのげる。」
阿部だった。
「ムリで す〜。」
三橋はもはや半泣き状態。
「ムリじゃねぇ。徹底的にやれば覚えるだろ。」
阿部、ごり押し。問答無用。
「練習着とかは貸すから。」と泉。
「とりあえず今回だけ、今回だけでいい。頼む。」
がばっと背の高い花井の坊主頭で頭を下げられ、泉に懇願され、阿部に脅迫されたら三橋にはもうなすすべがない。
半泣きになりながら「わ、わかりまし た。」とベソかきながら答えたのは1分後であった。