「お、みはし!」
 ベンチに到着した三橋に田島がさっそく駆け寄ってくる。三橋は今日は普段着だ。
「た、たじまく ん!」
 ちょっとだけ顔が明るくなる。花井も少しだけホッとする。小動物の飼い方は難しい。阿部のコントロールも難しいが、栄口がどうにかしてくれているのでまだ楽だ。
「見学来てくれたんだ〜。ニシシ。」
 嬉しそうに笑う。それにつられて三橋もウヒ、と笑う。
「今日は見てくだけ?」
 その言葉にやや躊躇しながらもうん、と頷く。
「そっかー、三橋の球、受けたかったなー。」
 んじゃ、また今度、今度は投げてくれよな。と言うと、田島はもとの位置へと戻っていった。
 ぽつん、と一人残された三橋は、練習風景を眺める。
 バットを素振りする者、マシーンで打撃練習する者、そして…
 さっきいた長身の…花井…くん?だったか。監督から投球の仕方を教わっていた。反対側には田島。
 花井の手からボールが離れる。
 田島の指定した位置からかなりはずれた場所へと届く。
 あっ、と三橋は思った。
 二球、三球、とそれぞれコントロールがつかない場所へとボールが飛んでいく。

 自分なら。

 じぶんなら。

 はっ、とする。拳をぎゅっと握りしめていた。

 投げたい。

 思いがよぎる。打ち消す。現れる。打ち消す。
 何度かそれをやった後、三橋はふと視線を感じていた。

 誰だろ う…?

 自分が体験したことのない視線だ。でも似ているものはある…

(こ…)

 怖い。

 それに酷似した視線だ。誰かときょろきょろ見てみると…
「ひ。」
 阿部とかいう人の視線だった。

それは羨望だった。
 田島がキャッチした時の音は今でも耳に焼き付いて離れない。
 遅いが正確な、コントロールされた、音。何度もなんども変わらない。リフレイン。

 その球を受けたかった。

 いや、受けたい。

 だが、そいつは自分を見ると脅える、挙動不審に陥る、泣く、逃げる。となってしまう。
 しかも花井・泉・田島から「近寄るな」と釘まで刺されている。どうしたことか。
 何故そんなに脅えるのかが良く分からない。確かにあそこで怒鳴ったのは悪かったと思っている。だが、普通は次の日にはもとに戻っているものではないのか?

(……………あ。)

 そういえば、この間怒鳴ったことを謝ってなかった。確かにあれは謝るべきことだろう。
 だが近寄ろうとするとどこからともなく泉か田島がでてきてそいつを別の場所へと連れて行ってしまう。
 ここ数日、そいつは毎日2時間ほど野球部の練習を見て帰る。泉と田島を介して栄口とは仲良くなったらしい。四人でベンチで話をしている時もある。

 だからかどうかは分からないけど。

 そいつを、見ていた。

 そいつが、投げる姿を思い出していた。

 自分のキャッチャーミットに快音とともに入ってくる球を想像した。

 投げないのだろうか、今日も。

 視線はそいつに勝手に向いてしまう。

 投げるのであれば、オレに一度でもいいから捕らせてもらう。

 だが…栄口と田島と泉の壁は、果てしなく、高い。

 ひとつ、ため息をついた。