「やっちまったな…。」
「…ああ、やっちまった…。」
 泉と田島はため息をつく。三橋は泣いたまま遠いところに置いた自転車にまたがると振り向くことなくいってしまった。
「少しずつ慣らしていこうと思ってたに…。」
「ゆっくりなじませていこうと思ってたに…。」

ギンッ

 二人のきつい視線はまっすぐ阿部へと向いた。
「オレが何したってんだよ!」
 ブチッとキレた音がして、阿部、逆ギレ。逆ギレ、阿部。
「見学者、追い出した。」
「無茶な勧誘した。」
 二人から出てくる言葉にぐぅの音も出ない。
「あいつ、ここまで連れてくるのにどれだけかかったか…。」
 はぁ、とため息をつく泉。
「明日、どーなるんだろー。」
 投げやり口調の田島。

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 二人は顔を見合わせて、らしくなくため息をつく。
「泉くん、田島くん。」
 その時、背後からモモカンの声がして振りむく。
「…確かに、あのコは少し手を入れれば即戦力になりうるモノは持っているね。」
 その言葉は今まで苦労してきた(?)二人には、何よりの言葉だった。
「でもね、阿部くんが言ったことも確かよ。「何で野球部に入らないんだ」って。」
 モモカンは二人を見ながら言う。でも言われた阿部、蚊帳の外。
「それは…なぁ。」
「…うん。」
 二人は顔を合わせて頷きあう。
「あいつ、中学の時、じーちゃんの七光りで3年間エースやってたんだって。」
「野球部員には嫌われて、いじめにもあって、そんなウザくてイヤなヤツが野球部に入ってもしかたがないって。」
 でも、かなり問答無用であったが、「見学」まではこぎつけたのだ。それを…

ギンッ

 二人同時に振り向いてまたもや阿部を睨む。今度は素直に慌てる阿部。阿部、慌てる。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
 妥協案を提示する。すると返答は簡単。
『慣れるまで近寄るな。』
 異口同音で言われてしまい、たじろいでしまった。
「監督、あいつ…三橋、野球部入ったほうがこっちもいいし、多分あっちもいいと思うんだ。」
 田島はモモカンに話し出す。
「あいつは、この間野球の授業があるまで、名前すら覚えていなかったくらい影の薄い…いや…えーっと、無理矢理影の薄い存在でいようとしていたんだ。そうすれば傷つけない、傷つかないって。」
 田島にしては日本語的に雄弁に語る。いつの間にか、全員集まってきている。
「あいつを解き放ってやりたい。ここはもう群馬じゃない。埼玉だ。そして高校だ。」
「言いたいことは分かったわ。田島くん。…花井くん。」
「は…ははいっ」
 突然名前を呼ばれて慌てる花井。
「…って、うちの4番が言ってるの。あのコにこの野球部、なじむと思う?」
 なじむ、なじまないも前に…直接会話したことすらないんですけど…。という言葉は飲み込んだ。花井は考えた。あのコントロール、変化球の多さ、ここのピッチャーにはないものを持っている。それを使わない手はない。自分たちでどうにかすればどうにかできるんじゃないか?
「…はい。なじむと思います。」
「分かったわ。なら、三橋くん…とか言ってたわよね。いつでも「見学者」として来て、と監督が言っていたって言っておいて。」
 「はいっ」「はい」田島と泉が答える。
「…そして阿部くん。」
「はい。」
 監督は少し強い顔をして言う。
「初めて会った相手にあんなに強引に誘いをかけても誰も乗ってこないわよ。それは理解できてる?」
「…はい。」
 確かに、あれは初対面の者にやることではなかったと冷静になった今では思う。だが、あの時は違ったのだ。
 あのコントロール、田島のリードでも全く動かないミット。

 受けてみたい。あの球を。

 そう思ったのだ。そう思った瞬間、プチッとキレた。
「しかし…泣きながら帰ったぞ…?」
 水谷がおずおずと言う。
「そういうヤツなんだよ。だからオレがアニキになったんだ!」
『はぁ?』
 集中した視線はそのまま泉に流れる。
「…天然の会話に付きあえられるか。」
 泉はそれだけこぼした。
「だーかーら、おとーとの困ってる時はアニキは助けなきゃいけないんだ!」
「はいはいはい。分かったわ。」
 パンパンと手を打ちながらモモカンが事態を収束させる。
「とりあえず、休憩は終了。阿部くんも来たから、元通りのメニューこなしてね。」

 え、休憩だったの?

 慌てて全員水分補給したりしながら各々の場所へと散っていった。
「さて、どうなることやら…。」
 モモカンはふふっと笑った。