次の日の三橋の目は綺麗に充血していて、まんま「寝ていません」状態だった。故に「授業中に居眠りする者ども」の中の一人に入ってしまった。帰りのHRで教師に心配されるほど寝ていた。
「みーはーしー!」
 起立、礼。とした後、早速田島からの声。
「な…な に ?」
「ジャージ持ってきたよ…よしよし。なら着替えてさ、野球部の入ってるグラウンド分かるよな。そこの入り口近くにいてくれよ。オレら先に行ってちゃちゃーっと準備してくっから。」
 うん、の頷きも見ずに、田島と泉は小走りに行ってしまった。ぽつり、三橋。三橋、ぽつり。
 ややあって、うん、と頷いた後、ジャージの入った袋を持ってトイレへと向かう。
 まだクラスに女子がいる中で堂々と着替える勇気は三橋は(ではなくても)持っていない(田島あたりは持っていそうだが)。
 ネイビーカラーのアディダスの上下に着替えた三橋はややビクつきながらカクカクと自転車を操り野球部のグラウンドへと向かう。
 沢山自転車が置いてある所からかなり離れた所に自転車を止め、三橋は心臓の音と耳から入ってくる音、どちらが強いかドキドキしていた。

 いーち、にー、さーん、しー…

 ちょうどストレッチをしているところなのだろう。泉も田島もこの中でストレッチをしているだろう。
 
 時間が流れるのが異様に遅い。出来ることなら早く帰りたい。このジャージ姿なら別にこのまま帰ってもヘンに見えないだろう。でも、泉と、そして田島と約束したから…。

 あと少し、少ししたら帰ろう。

 空を見上げると、夏はすでに終わり、遠い、薄い青い色が三橋の目に映った。あぁ、夏は終わったんだな。自分が行っていた学園はいい所までいったらしいが…叶と連絡を取り合っていない(かかってきてもどうしてもとれなかった)から、良くは分からない。優勝校も知らない。どれだけ自分が野球から遠ざかっているか分かる。

(でも)

 自転車からようやく手を離し、グラウンドの金網ごしに中を少しだけ見る。

(オレは ここに、行ってはいけないん だ。)

 田島に言われたのは「見学」。そう、あくまでも「見学」。少しだけ見たら帰っていいんだ。
 金網から手を離し、道路を見る。ああ、早く帰りたい。
「みーはーしーっ、三橋!」
 ぽんっ、と肩を叩かれて「ぴゃっ」と声をあげて飛び上がる。声の主が分かるまで、数秒要した。
「三橋、入り口、ずーっとあっちだぞ。…て、あ、今来た所か。」
 田島は勝手に解釈すると、三橋の手首をむんずと掴むとすたすたと歩き出す。田島の姿は、自分はもう何ヶ月も着ていない野球の練習着。その白さに少し恐怖を感じる。が、田島はそんなことお構いなしにぐいぐいとひっぱっていく。
「ほーい、到着。」
 ガチャ、と金網で作られたドアが開いて、田島はぴょい、と入った。
「三橋、来いよ。」
 くいっ、と手首が引っ張られる、が、足がすくんで動けない。希望なのか、絶望なのか、分からない。けど動けない。動かない。
「三橋、逃げるな、とは言わない。」
 田島がふと真剣なまなざしで自分を見ていた。手首を掴んでいた手がふっと離される。
「でも…お前のあの投球が見たいヤツはいる。沢山、いる。見せてやりてーんだよ!お前のすごさを!」
「お…オレ…ぜんぜんす…すご…くない よ?」
「なに?お前酔ってるのか?」
「?」
 その時、再度ぐいっと手首がひかれた。つんのめるように、三橋はグラウンドへと一歩、二歩と足を進める。
「酔ってるヤツは自分のことを「酔ってない」っていうんだって。大兄ちゃんが言ってた。今日は見るのと…少しオレとキャッチボールしようぜ!」
 田島は楽しげに、にししと笑いながら三橋の手首を掴んでベンチへと連れて行く。
 三橋はもうぐるぐるとして、良く分かっていなかったが、とりあえず野球部のテリトリーの中へと入ってしまったことだけは分かってた。周囲には人がいる。何人かはこっちを覗いているようだ。
 その視線に耐えながら、しっかりと握られた田島の手の暖かさを感じていた。