運がいいのか悪いのか、三橋は教室の掃除当番だった。
無言で人があまりやりたがらない所をやり、全員の机と椅子が元の位置へと戻るのを待っている。「おしまいー」と誰かの声で解散。
その間に泉のもとに栄口と沖と西広と巣山がやってきていた。
(なぁ、三橋って、どいつ?)
(あそこで窓の桟の端っこ拭いてるヤツ。)
ひそひそ、こそこそ。
(全然華奢っつーか、細い?)
(球速は遅いからね。)
(でも何でか打てねー)
田島はぐるると唸った。そう、今日三橋の球をしっかりと狙ったのだが、2打席とも打てなかったのだ。こんなことは初めてだ!
「ちくしょーーーーーーーーっっ」
田島が止める間もなく叫んだ。クラス中が驚く。三橋は…
(硬直してる…)
(しかも半分ベソかいてるぞ)
(…何でオレらが手こずっているか分かってくれたか?)
((((なんとなく))))
しばらくして硬直がとけた三橋は黙々と窓の棧を雑巾で拭いてはバケツの水で洗っている。
「おしまいー」との言葉にはっとした三橋は、慌てて雑巾を洗いに行く。バケツが片づけられてしまったからだ。
ふぅ、と息をつきながら戻ってきて、自分の席に着く。今日使った教科書とノートを入れ、リュックに入れ、立ち上がる。
全員、その姿をなんとなく見送っていた。
「みーはしー」
入り口に差し掛かったその時、田島が大きな声で話しかける。たちまち固まる三橋、三橋、固まる。
どしよか。どしよか。
男は背中で語るものだ、とは誰か言っていたが、この場合は確かに背中で語っていると全員が思った。
しばらくして(本当にしばらくして)、恐る恐る声のしたほうを向いた彼に田島は「またなー、明日なー!」と声をかける。
なるほど、挨拶か。
あの男も分からないが、田島の行動も突飛すぎてたまに分からない。
「あ…あ…………う、う、うん。」
そのままぎくしゃくと一歩ふみだそうとして…
ドンッ
ぶつかった。後ろを振り向きつつという少し不安定な体勢だった三橋はその場に尻餅をついた。
「大丈夫か?」
少しぶっきらぼうな声が上から降ってくる。何が起きたのかとっさに判断がついていない三橋はもうパニックに陥っている。泉と田島が助け船を出そうかと立ち上がった。
「三橋!」
その声にますますパニックを起こす三橋。目尻から涙がこぼれそうになっている。何がどうなってどうしているのか、まだ完全に把握できていないらしい。
「おい、大丈夫なのかよ!」
さらに降りかかってくる苛立った声。これで完全に三橋の涙腺は「止まれ」の指令をやめた。ぶわっと目に涙がたまり、ぽたぽたと落ちてくる。もう完全に三橋は訳が分からなくなっていた。
「みはし、みーはーし。」
耳に、このところ良く入ってくる声が入ってきた。今度はそれにキョドる。だが、少し落ち着く。
「おい、そこにいつまでも座っていると入るヤツも出るヤツも邪魔でしゃーねぇんじゃねーか?」
…再び復活。ぼろぼろと涙が止まらなくなってくる。
「三橋、お前が悪いんじゃないんだから。」
な、と毎日挨拶してくれるにきび跡くっきりのクラスメイトが肩を叩く。
「そーだよ、お前も謝れよ。」
がーっ、と後ろの席に座っているそばかすの浮いたクラスメイトが立っている者に言っている。
「お…」
三橋は自然と口が開いた。そこにいた三橋を除く3人が注目する。
「オレが悪いから…悪くない…よ。」
その言葉に呆然とする。なんて卑屈な…
そんな三橋の前にすっと手が差し出された。
「立てよ。」
上から声が降ってくる。差し出された手の持ち主だろう。
手を取っていいのか、分からなかった。オレなんかとっていい手なのだろうか?
「…いいから!」
どっかでブチッと音がした。瞬間に手がさらに催促するように出る。
その手を掴んでしまった。反射的に。
ぐいっ
いとも簡単に体は引き上げられた。運動部でも入っているのだろうか?
そんなことを考えた。ちょっとたたらを踏んだが持ちこたえる。
ふと、相手が自分を見ていることに気づく。どうしよう。見返すことなんてできない…。
「ご、ご、ご…」
口が開くのを拒否している。だけと言わないと。
「…ごめんなさいっ」
言えた!
思った瞬間、三橋は走り出していた 。