「挨拶がダメかぁ…。」
 はぁ、と泉がため息をついた。
「むぼむぼむっぼむ?」
「食ってる最中はしゃべるなって言われてないか?田島。」
「(こくっ)」
 
 昼休み、9組のクラス。泉の机には二人分の弁当。向かい側には田島が口いっぱいに飯をかっこんでいる。
 二人してちらりと三橋の席を見ると、ぽつりと一人座ってもももと食事をとっている。ちょっと不思議な食べ方だなー、とは思うが、それはそれだろう。
「確かに、ヘンなヤツーとは思ってたけど、あそこまで…。」
 うーん、と悩む泉。対する田島は相変わらずのスピードで飯をかっこんでいる。
「野球やっている時と、全く違うもんなー。」
 オドオド、キョドキョドとした顔がボールを持ち、マウンドに立った途端、凛々しい顔つきになる。あの差は?
「仲良くっ…てなぁ…」
「ミハシってばさー。」
 ごちそうさまでした。と両手をあわせて箸を置いた田島はそう切り出す。ふん?と泉は田島を見る。
「小動物なんだよ。」

 ほっぺたにご飯粒3つもつけてるヤツにいわれたかねーよな、三橋も。

「だーかーらー。ゆっくり何度もアブロードしなきゃいけないんだぞ。」
「…それ言うならアプローチだろ?花井に殺されるぞ、いつか。」
 だー、と泉は机につっぷす。アプローチ…ねぇ。
 確かにあのオドキョドは尋常なものではない。人に慣れていないのか、あるいはわざと拒絶しているのか。それとも両方なのか。それすらも分からない。全くの手探りだ。だが、ありがたいことに田島の前の席だ。以前は田島の後ろの席だったらしいが、神の配剤か、今度は逆で落ち着いている。
「なぁ。田島、次の授業って、現国だよな?」
「そうだっけ?」
「…そうだよ。だから田島、お前、三橋に手紙書いてみろ。」
「なぬぅ?」
 現国の成績2のオレに言うか?と田島は泉に詰め寄る。こいつやっぱバカと思いながらも「簡単な質問とかを書いていけばいいんだよ。女子が良くやってんだろ?」と提案してやると「オレ、オンナじゃねーぞ。」と当たり前な返事が返ってくる。
「だーかーらー!」
 話が進まない。仕方がない、と泉はB掛ルーズリーフを8等分に切った。
「何してるん?」
「これを三橋に渡せ。」
 どうやら色々質問を書いているらしい。
「どんくらいの時間?」
 ふとした質問に泉も考える。
「そーだなー。今日は2枚にするか。」
 ひょい、と泉は2枚のメモを田島に手渡す。
「えーっと『授業かったるくない?』と『野球好き?』…か?」
「そ。」
 泉はパックのコーヒー牛乳をちるちると飲み干した。
「分かった。やってみる。」
 そこで予鈴が鳴った。二人は他愛もない話をして、それぞれの席へとつき、本鈴を迎えた。
 授業はかったるかったが、泉はちょっとワクワクしていた。

 どんな答え、返ってくるかな?

 野球、好き、と答えてくれると嬉しい。それなら田島と二人で野球の話をすることができる。少しずつ、自分たちに慣れてくれるのではないか、という少し楽観的な考えがあった。

 そんなことを徒然と考えていたら授業が終わった。ガラガラと音をさせて、教師が出ると、珍しく三橋が立ち上がり、後ろにいる田島に何か言いながら手渡している。「サンキュ☆でも授業中でもいいぜ!」と言うとあからさまにキョドっていた。
 三橋はそのまま廊下へと出て行った。トイレにでも行くのだろうか。田島はだだーっと一直線に泉の席までやってくる。
「『はい、これ、遅れて、ごめんなさい』だって。」
 こういう手紙のやりとりすらしたことがないのか?と思いつつ、二人でメモを開く。
 最初に開いたのは「授業かったるくない?」という問い。それには色々考えたらしく何度も書いては消した跡が残り、最後に「かったるいかもしれない」というやや小さめの少し癖の入った文字が書いてある。
 『ふーん』と二人して言ってから、もう一つのメモを開けて…絶句した。
 『野球好き?』という一言。前の問いにはあんなに悩んだ形跡があるのに。

「できません。」

 消した形跡もなく、きっぱりと、書いてあった。やはり野球はやっていたのだろう。だけどこの回答は…。
 二人して、困った顔をしてしまった。