三橋の登校は早くもなく、遅くもない。大体クラスの面々が集まったところで「オハヨウ」と呟いてそっと入って自分の席へと座る。今日の授業に必要なものを机の中へとしまって、あとは体を心持ち縮こまらせSHRが始まるのを待つ。それが彼の日課だった。
 その日も自分の席へと腰を下ろし、俯き、ほぉ、と息をついた。クラスメイトのざわめきに少し脅えながら、足音がくるのを待つ。チャイムの前の1分くらい前に凄い音で駆け込んでくる足音があるからだ。自分のクラスの者だというのは分かっているが俯いているので誰だか分からない。ただ、二人駆け込んでくると急ににぎやかになることは確かだ。何度担任に注意されてもまったくへこたれない。自分だったらそんなことできないだろう。

 ばたばたばたばたばたばたばたばた…

 足音だ。ああ、もうSHRが始まる。

 ばたばたばたばた、ばったん!

 大きな音を立てて、ドアを全開にして入ってくる。同時にチャイム。今日も間に合った、とほっと息をつく。
 ガタンと音がたつ。バサッと荷物が置かれる音。

「みーはーしー」

 小さな声ではない。大きな声だったが、自分だと気づくのにしばらく時間がかかってしまった。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう……

 ぐるぐると回る頭。俯いた顔があげられない。廊下からカツコツという音。担任だ。

「みーはーしー」

 がくがくと揺さぶられて気づく。はっと見ると…えっと…昨日の…キャッチャーの…うわぁ、名前、なまえ…

「おはよー」

 …………おはよー…?

 朝の挨拶だと気づいたのは、SHRが終わってからのことだった。
 挨拶は返すもの。でも、この状況じゃあ返せない。しかもタイミングも悪い。どうしよう。どうしよう。
「三橋、おはよう。」
 またその言葉に気づくのにかなり遅れた、と思う。悪いことしてしまったとキョドキョドしてしまう。視線合おうものなら睨まれるだろう。合わせられない。怖い。
「う……あ………………」
 口を開いて、「おはよう」といえばいいんだ、と思っても怖くて口が開かない。いや、自分が開いていいものかすら分からない。

 すっかり膠着状態になってしまった状態を元に戻してくれたのは、1時間目のチャイムの音だった…。