11 .  覚  醒  


 日々を呆気なく消費し、レンを覆っていた膜がなくなったのは、田島が退院し、外来で付き添いの栄口とちょうどレンの話をしている時であった。
 一般病棟に移され、これまでにないスピードで体温が回復している。と医師は語った。
「レン…」
 まだ冷たい手を握り、田島が名を呼ぶ。
「早く起きて、みんなの所に戻ろうぜ?栄口は病人食マスターしたぞ。」

その時

 握ってたレンの指がぴくりと動いた。
「栄口!レンの指が!」
「静かに!瞼も動いた。」
 田島はさらにきつく手を握り、栄口はすぐに何が起きても良いようにナースコールのボタンを手にとった。
「う…」
 小さな呻き。瞼も開きはしないものの動いている。
「レン…」
 反対側の手をナースコールを持っていない手で栄口が握る。

 ゆっくりと。ゆっくりと。
 レンの瞼が開いて、ぼんやりとした、焦点のあわぬ目でぼぅっとしている。
「レン!」
 田島の呼び掛けに、焦点が見る間にあっていく。
「た……ん?」
 掠れた声で名前を呼ぶ。泣きながら「おう!」と応える。栄口も涙を浮かべながらナースコールを押す。
「……えぐち、くん。」
「うん。おはよう、レン。」
『どうされましたか?』
 看護師の声がスピーカーごしに聞こえる。
「レンが…三橋廉が目を覚ましました!」
『い、今行きます。』
 看護師の上擦った声の後、ぷつんと切れた。
「から……お…い…」
「そりゃそーだ。2ヶ月以上も寝てたんだから。」
「に……つ」
 その時、医師やら研究者やらが慌てて私服に着替えました。という様相で駆け込んでくる。
「三橋くん。おはよう。」
 相手を不安がらせない笑み(どうしてだろう。何かあった時の栄口の笑みに似てると田島は少しヒいていた)をうかべながら、看護師に血圧計や様々なものを用意するよう告げる。
「レン、オレたちついてるから。栄口はモモカンやら他メンバーに電話しに行ったから、すぐ戻るぞ。」
 田島の言葉にわずかに微笑みながら小さく頷く。
「診察をはじめていいかい?」
 話によると、この医師は小児科にいたこともあり、抜擢されたとのこと。何度も顔をあわせているので、レンの警戒心も薄い。
「筋肉が落ちてるね。寝たまま診察しよう。」
 診察が始まった。

 レンの診察が終わり、全員が帰ろうとした時、いきなりそれは起きた。
「ひぎゃぁ!」
 レンの身体全体が緑色に染まったのだ。驚かないはずがない。
「レンくん?」
 医師が話しかける。レンの意識はあり、視線のみを医師に向けた。苦痛の眼差しで。
「自分の悪くなった場所を癒しているのか?」
 研究者の一人がレンの耳元で問いかける。こくこくと頷くレンに研究者たちは話し合いだす。
 2ヶ月以上も眠っていたのだ。どこにどんな不具合が起きてもおかしくはない。診察の時に勝手に全身をスキャンして、自己治癒を開始したのだろう。
「レン!」
 すっかり細くなった手を握り、田島がレンを見る。
「き んに な す」
「筋肉まで元通りかよ!栄養たりっか?」
「が… る」
 頑張るというものの、どう頑張るのかわからない。
 確かにあんなに細くなっていた腕が指が、少しずつふっくらしてきている。
 医師が栄養のたっぷり入った点滴を用意する。鼻から胃袋に流動食を流す方法もあるが、どこまで臓器が萎縮しているかわからない。
「レン、痛いよな…」
 田島が手を離し、優しく抱きしめた。レンの目から涙があふれ、くいしばる唇から血が一筋流れる。
「噛みついてもいいから。ほら。」
 シャツの襟を引き破り、上腕をレンの口にあてがう。『できない』と首を弱々しく振るレンの鼻を栄口がつまむ。息が出来なくなって、口を開いた瞬間に無理やり差し込む。
「レン、手は背中に…田島、いいよな?」
 栄口の言葉に頷く田島だが、レンはなかなか動こうとしない。
「栄口!問答無用!」
「田島が先に言って良かったよ。」
 田島の背中に点滴に注意されながらも、レンの腕がまわされる。
「いくらでもオレの体は傷つけてもいい。でも、お前の体はもう絶対に傷つけるな!」
 最後は叫ぶように言った田島の言葉に、激痛で意識が朦朧としていたレンは…別の涙を流した。ぎゅっとあらんかぎりの力で田島に抱きつき、痛みに耐える。レンの口の中は田島の血の味で一杯だった。
「耐えろ、レン!」
 田島が、栄口が、励ましてくれる。
「治ったらチキンカレー?何がいい?」
 汗まみれの顔をタオルで拭い、髪の毛を優しく撫でる栄口、そして痛みを分けあってくれる田島がいる。
「レン!」
 ニシウラで聞き慣れた声。名前はすぐに出ないけど安心する。
「大丈夫か?」「レン!」
 声はどんどん増えていく。
 その声に励まされながら、レンはひたすら激痛と戦った。

ためこみすぎ……

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