シャワーの後、何をいったいどうするのか武装解除させられ(レンは耳の中と耳の下にまで武器を隠し持っていた。二人が寝ていなければ、屋敷に戻った時にさんざ怒られるであろう)、スモックを着させられた後だった。
「ああ、食べる暇もなくなるから、これを与えておこう。」
 副院長はレンの左腕を持ち上げ、さっと針を刺す。針の上にはレンも何度も見たことのある生理食塩水に栄養剤をはじめとした様々なアンプルを注入していく。こまごまとわかっているのは、どうやらレンがいたあの研究所のデータを見たのかもしれない。

 改めて、移動した部屋を見る。自分がいるのは20畳ぐらいの部屋。豪華で豪奢で、薬臭い。中央のベッドは大きくて、うまくすればニシウラの全員が寝られるかもしれない。

 ここの経営者であり、私の父親だ。

 副病院長は語った。

 レンは嫌な予感がした。そのぜいぜいぜろぜろと息をしている父親という男の土気色の顔には生気というものがまるでない。

 父は財産分与に関して、最低限のものしか私に与えなかった。判を押した瞬間に倒れた。

 君なら末期がんを治せると思ってね……貴重なデータにもなるし、私も医学界に対し大きな顔ができる。

 末期がん…そんなのやったことない。風邪すらやったことない。沖が風邪をひいた時も他の全員から止められた。

 ノックの音、そして一組の男女がそれぞれ二人の男をストレッチャーで運んできた。そのストレッチャーに乗っているのが田島と西広であることに気づくとレンは驚いた。二人はそれぞれ同じように点滴をつけられている。

「さて、三橋 廉くん。…全てわかると思うが…」

 こく、と小さくうなずいた。ちょうちょを田島と西広、そして目の前に横たわっている老人にとまらせる。
「二人のことは私の部下が行うからはずしてくれないかい?」
 無言で田島と西広のちょうちょが消える。
「君が座る場所は…ここ。」
 見ると、豪奢な椅子がベッドの脇にある。
「部下がマッサージなどを行うから、血流に関しては問題ないようにしておく。何か食べたいものがあれば言えばいい。…じゃあ、末期がんの患者の「癒し」を頼むよ。」

 レンはまた小さくうなずいた。

 副病院長は笑うと、その部屋から出て行った。

 レンの、どうしても切れなかったからそのまま、というチョーカーの下をぽり、と掻くと、レンの目の前は蝶に埋め尽くされた。




 おかしいね、夕食が始まるのに帰らないなんて。
 西広を除く三人は大食漢だ。栄口はそういうと時計を見る。

20:00

 他の者は既に食べ終え、テレビの部屋でプロ野球見ているか、風呂入っているか、部屋に戻っているかの自由な時間だ。栄口本人も夕食を食べ終え、沖がある程度まで洗っておいてくれた食器をぽいぽいと食洗機に入れてスイッチを押す。すぐにがーがーと水が流れる音が入ってくる。
「誰か西広から電話とったのいない?」
 15分ほど前にも尋ねた言葉をテレビの前にいた花井、水谷、阿部、沖に問いかける。返事は「ノー」。
「確かに遅いな…電話かけたか?」と花井が問いかける。
 今度は栄口が「かけたけど繋がらない。」と答える。
 あそこの病院、結構僻地にあったからね。とため息ばりに言う。
「この野球が終わっても電話がこないか本人が帰ってこなければ、色々と連絡をとってみよう。」
 花井の言葉に、阿部は思わずあくびで返してしまい、がっつりそこにいた全員に睨まれていた。

 それでも彼は、いつものむっつり顔であった。

 プロ野球の試合は、そのまま延長戦にもつれ込み、試合の途中でテレビ局の放送が先の終了となった。
 いつもなら田島とぎゃんぎゃんと騒ぐ泉も、田島がいないからか巣山や水谷と静かに話しているくらいである。阿部は……あぐらをかいたまま半分寝ていた。
「三人とも電話が通じないな……」
 携帯を手に、花井がつぶやく。他の者もめいめいが携帯を取り出して行うが、結果は花井と同じであった。
「どうしたんだろうねぇ。」
 水谷が阿部の顔に油性ペンでひげを書こうとしたら返り討ちにあい、猫ひげが見事なまでに完成していた、その顔でシリアスな言葉をしゃべるから。

 家の電話が鳴った。

 入口に立っていた沖がてくてくと歩いて受話器をとる。はい、除虫屋ニシウラ、沖です。はい。はい。ああ、はい。田島と西広とレ…三橋は?ああ、そうですか。わかりました。ご丁寧にありがとうございました。それでは失礼します。」
 非のうちようのない会話で、そこにいる者は誰から電話でどういうことになったかわかってしまった。
「明日の朝一番は栄口?」
 ちょっと楽しげに水谷が言うと「今回は花井と阿部のダブルだろう。」というご回答が栄口から放たれる。なんてことはない。お叱りタイムのことだ。西広が一生懸命田島かレンを起こしてがんばっているうちに、本人も疲れて眠ってしまったのだろう。沖に確認をとったところ、本当にそのままだったので巣山はオレの情報整理能力ってだてじゃないな。と考えたところで全員が立ち上がった。
「水谷!巣山!このポテチの空き袋どうにかしろ!」
 見ると、テーブルの上には「地域限定」と銘打たれたポテトチップスが4つほど食べかけ状態で放置してある。
「りょーかーい。泉も食う?」
「食うと眠れないからいい。」
 にべもない返答に巣山は肩をすくめながら、水谷と、さっきからちらちらと見ていた沖とでばりばりと食べる。
「あ、ここのははずれ?」
「ピンポーン。」
「ここのは結構美味しいな。」
「あ、それ、オレもそう思ってた。」
 これはまだ時間がかかると思い、栄口はめいめいが飲むであろうコーラと人数分のコップを出して、テーブルの上に置いた。

ピシッ

 その時、コップの一つにひびが入った。眉をしかめる栄口にどうしたどったん?と問いかける声。コップにひび入った事を告げるとまた買ってこないと駄目か?」と花井。阿部は寝起きのむっつり顔。泉はひびが入ったコップを捨てるために新聞紙の用意をしている。栄口はまだ買いおきがあるから大丈夫と答え、台所へと出ていく。
「なんか悪いことが起きるのかねぇ?」
 ジンクスを口にした巣山が言うと、「偶然だぐうぜん。」と阿部がふらりと歩いて行った。片手をあげたところでそれがおやすみの合図だったとわかるとすかさず「おやすみ。」の言葉をかけた。続いて他の者たちもつられるようにおやすみおやすみコールをかけた。
「とりあえず、明日かな?」
 はい、コップ。とコップを新聞紙にまとめた泉とコップを交換する。コップなどは地域と連動して、回収がやってくる。その時に渡すのだ。後日それは他のガラス製品となってまた店頭に並ぶというものである。
「じゃ、寝る。」
 泉の言葉に全員が雪崩おちる用に「おやすみ」を言いあった。どうやら今日の野球観戦は三人が不安で仕方がなかったのだろう。
「はーい、おやすみ。ちゃんと起きてきてね。」
 栄口がぷらぷらと手を振ると、「おー」だの「おやすみー」だの返答が返ってきた。
「明日戻ってこないことは…ないよな?」
 巣山の言葉に水谷が「あいつらのお叱りが怖くて帰れないとか言うんじゃない?」
 水谷のことばにそこにいた全員が笑った。あはははははは。

 だが、実はそれどころの騒ぎではないことに、残念ながら遅くなることとなる。


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