朝食を全員済ませ、栄口と巣山が洗い物、水谷と沖と西広が洗濯物を干し、それぞれが終わってくつろいでいるほんのわずかな時間。
 花井と詳細地図を付き合わせてあーでもないこーでもないと言っていた阿部が、顔をあげ、田島と泉とどっすんばったんと体術の講義をしているレンに、コーヒー片手でのたもーた。
「レン、今回は後方支援。」

ガーン

「あ、泣いてる。」
「やっぱり。」
「泣かすなよなー、阿部。オーボー。」
「以下略。」
「同じく。」

 泉、ティッシュで涙をぬぐう栄口、田島、水谷、花井の順である。
「仕方がないだろうが。」
 イライラとした口調で言い放つ阿部。
「なんで?」
「防護服、間に合わなかったんだよ。」

 なーるほど。

 端のほうを見ると、早速沖と西広が謝っている。確かにアレは制作に時間がかかる。徹夜でも無理だったのだろう。

「発注もかけたんだけど…その………」
「……レンの身長のが………特別オーダーになっちゃって………」

「うわっ、もうガンガンに泣いてる。」
「それは仕方がないな。諦めろ、レン。」
「あと5年待て。」
「しゃーねーな、それ。」
 ぐすんぐすんと泣いているレンをあやすのは水谷、苦笑してるのは花井。言い放ったのは身長で苦しんだ泉、最後は同じく身長で悩んだ田島。

「で、田島。」
 阿部がカタン、とコーヒーをソーサーに戻しながら尋ねる。
「なんだ?」
「収穫は?」
「ちょうちょ。」
「は?」
「だから、ちょうちょ。」
「お前の頭にか?」
「阿部の頭にならだな。」

いや、全く。

 レンを除くその場にいた全員が心でしっかりと頷く。
「レンの他人に治癒するのは、ちょうちょなんだって。」
「はぁ?」
 全員、顔をしかめる。田島の日本語はたまに理解できない。すると視線は近くにいるもう一人の高校生に向けられる。
「…あー。」
 視線を受け、泉が翻訳する。
「レンは癒し手で、他人の治癒が出来る。そのキーワードがちょうちょなんだろ?田島。」
「お。泉。やっぱすげぇ。」

「ちょう ちょ。」

 レンが呟く。小さな呟き。だがその言葉に全員が振り向く。
「ちょうちょ。」
 右手の人差し指を前に出す。

「!」
「レン?」
「おい!」
「え?」

 全員が驚く。

「オレ の ちょうちょ。」
 半分透けた、緑色の蝶がレンの指先にとまっている。ぼんやりとした顔。ふらっと全員を見て、沖の手の甲の絆創膏を見つける。
「手の 甲 に とま れ。」
 ふわっ、と蝶が指を離れる。ふわふわ、と浮いた蝶は沖の手の甲に止まる。
「うわぁぁっ」
「沖!」
 羽根を広げたままの姿で止まり、そしてそのまま緑色の光を発していなくなる。
「お…おい?」
「え、えーと。」
 田島と栄口がレンを見ている。他は沖の手の甲を見ている。
「いつ、何で傷つけた?」
 阿部の言葉に沖が「昨日の夜、カッターで、浅い傷。」と答える。視線は絆創膏から離さずに。
「絆創膏、はがしてみろよ。」
 巣山の言葉に恐る恐ると沖が外す。
 沖が最初に驚いて、昨日の晩、その傷に絆創膏を渡した西広がぎょっとし、他は?と思った。
「傷が…ない。」
「昨日だよな?カッター。」
「うん。」

 沖と西広の会話を聞いているうち、レンがやったことが少しずつ分かってきた。どれだけとんでもないことかも。全く…癒し手特例法なんてモンが何で存在するんだ?と思っていたが、なるほど。と理解する。

 除虫屋の歴史を紐解いても、両手で事足りる程度の「他の者も癒せる『癒し手』」。様々な方法があるらしいが、レンの場合「ちょうちょ」というかたちをとって、遠くにいる者も治癒できるようだ。

「ちょうちょ、か。」
 阿部がようやく理解したとばかりにやりと笑って、レンのほうを向く。笑顔は驚きに変わる。

「しっかりしろ!」
「レン!」
 完全に放心状態のレンを、田島と栄口が必死に揺すっている。
「どうした?」
 花井が慌てて駆けつける。
「蝶を放した次に、頭を抱えて…この状態で…」
「…もしかしたら、記憶を戻したのかもしれないな。」
 駆けつけた阿部の言葉に全員が振り向く。次の行動は誰にでも想像がつく。実行してるし。
「レン!おい!こっちに戻ってこい!」
 ぐいっ、と襟首ひっつかみ、バシッバシッと遠慮もクソもなく、阿部は頬を叩く。ひょえええ、と叫んだのは水谷か。
「レン!おい!お前のいる所はこっちだ!そっちじゃねぇ!」
 容赦なく頰を叩くため、レンの頰は見る間に赤くなっていく。レンを支えていた栄口が「泉、水で冷やしたタオル持ってきて!」と頼む。「了解!」と泉はキッチンへと駆け込んでいく。
 その間も阿部の怒声と叩く音は止まらない。
「…流石にやばいんじゃ?」「そうだよな。」「止めてみる?」「止められる?」「無理。」「巣山やれ。」と巣山、沖、西広が会話している中、小さくではあるがレンがうめき声をあげる。
「レン!」
「こっちだレン!戻ってきやがれ!」
「う………」
 レンの瞳が光を少し取り戻す。
「レン!」
 田島が怒鳴る。
「…お…とうさん おかあ さ ん が しんじゃ…」
 ひゅぅ、と呼吸がおかしくなる。栄口が「巣山!何でもいい!袋!」と怒鳴る。
「レン!オレらがいるから!」
 手渡された小さめの紙の袋をレンの鼻と口近くにあてがう。
「お前のとーさんかーさんしんじまったけど、オレらがいるから!」
 田島の言葉にはっとする。そうだ、レンは…
「しなな い?」
 尋ねる、というより、それは懇願。

 もっと言うなら、恐喝。

 「み  ん な し … な い?オ レ… まえ で。」

「大丈夫だよ、レン。」
栄口が笑いながらレンの口元に袋をあてがう。過呼吸状態になった者の処置にはこれが一番良い。
「死なない。誰も。」

 それは、嘘。いつかレンには分かってしまうかもしれないけど。

 報道はされない、除虫屋の閉鎖理由。
 何故未成年の除虫できる者まで補充されるようになったのか。
 こんなに大きな建物に住んでいられるか。
 逆に、なんでこんな建物なんかに知らない者、しかも未成年も含む者同士が親元から離れて生活せねばならないのか。
 答えは一つ。──────除虫できない場合はすなわち殆ど全滅を示す。全滅はすなわち死を意味する。

 攻撃出来る者を失った除虫屋は解体され、また違う場所で新しい除虫屋の一人として新しい者と一緒に組み込まれる。

 慢性的な人手不足。特殊な能力を持った者は一人でも逃さない、故に未成年である田島や泉にも、破格の給与が与えられている。そしてその家族にも恩恵は与えられている。

「ニシウラはしぶといからな。」
 阿部が複雑な表情でくっと笑う。ああ、そうだった。と花井が思い出す。

 阿部と栄口は、ここに来る前は違う除虫屋にいたんだった。

「平気だよレン、「あの」阿部がどうにかしている限りは大丈夫だから。」
 水谷が笑いながら言う。「あの」ってどーゆーことだ、おい。とさっそくどつかれている。
「ま、「あの」阿部だし。」
 タオルを栄口に手渡しながら泉も言い出す。ウザいけど、自分たちを戦いの場に据える「目」としてはかっている。
「ってなわけで、しなねーから。レン。」
「防護服が出来たら、お前も戦闘要員として組み込む。」
 ボコにしていた水谷をぽいっと投げ捨て、阿部も告げる。
「オレは勝たない戦いはしない。」
「この間オレにイカサマで勝ってたけどね。」
 阿部がキメた言葉ににっこり笑って栄口がつっこむ。
「え、あれ、イカサマだったのかよ!」
 花井がおい、と阿部の肩を掴む。
「うるせぇ!気づかないほうが悪い!」
 ばっとその手を振り払う。
「うそ!イカサマ?」
 水谷がきゃーっと叫び声をあげる。
「オレの秘蔵の日本酒返せ!」「オレの諭吉っつぁん~」
 いきなりぎゃんぎゃんと始まった口論は、「仕方ないから作ったよ。」という巣山の特製卵チャーハンの香りが漂うまで止まらなかった。
 一連の口論の中で過呼吸の収まったレンは、もももとチャーハンを食べながら、まだ口論している者たちを見ながら小さく笑った。
それをこっそり見ていた口論に参加しなかった田島と泉は、ほっと胸をなで下ろした。
戻る 次へ


ちょうちょです。しかし、賭け事好きだなー、にしうらーぜ 笑