阿部がのんびりと朝刊を読みながら朝食(行儀悪いと言われているにも関わらず無視)をとっていると、一番奥にある客間のドアが開く音がした。
「あ、レンが起きた。」
 エプロン姿の栄口がなに食べさせてみようかなー?と楽しげに独り言を呟く。
 ややあって、足音を消してはいるものの、とりあえず気配は殺していない様子のレンがこっちへと向かってくるのが分かる。人気があるところへと向かってきた、というところか。

 ドアのノブがちゃっという音を立てる。あけていいのかどうか考えているらしい。

「入ってこい。朝メシだぞ。」
 阿部が何事もないように言う。ややあって、ドアがあけられる。
 全部レンには大きいサイズだったようで、トレーナーはまくり上げられ、ズボンはかなり折り返してある。
「お…おはようござい、ま す。」
 おどおど、きょどきょどと朝の挨拶をする。相変わらず変なイントネーション?だ。
「おはよう、レン。」
「うす。」
 栄口はにこにことレンの席を教える。そこにちょこんと座ると栄口はさっそく質問してみた。
「パンは食べたことある?」
 ふるふる。
「ごはんは?あ、昨日食べたね。どっち食べてみる?」
「あ…
阿部様といっしょのを。」

 ぶっ、と阿部がコーヒーを吹いた。ここに水谷がいなくて良かったと栄口は本気で思った。すかさず台ふきを吹いた阿部
の頭に投げる。
「阿部も…「くん」でいいんだよ?」
「でも…マスターだから…。」
 マスター は 日本語だ と様付け しな い といけ な いから…とレンはたどたどしく言う。
「あー、ならオレも他の奴らと同じように話せ。」
「は い。あ…あべ … くん。」
 キョドキョドと怯えながら言う姿は本当に小動物だ。
「はい、レン、トーストだよ。バターっていうんだけど、これを塗って、食べてごらん。」
 栄口はトーストとバターを渡し、返す手で弱火でジワジワと焼いていたベーコンの上に卵を割り落とす。昨日の夕食の食べ具合から、小食だろうと推測して、とりあえず卵は1コ使用した。
「はい、レン。ベーコンエッグ。とりあえず塩こしょうで味付けたけど、何かほしいなぁと思ったら言ってね。」
「あ、ありがとう…さかえぐちく ん。」
 その時はなんとなくの不安だったが、すぐにそれは事実となって阿部と栄口を襲う。
「…どうやって…?」
「フォークとナイフ。」
 阿部がすかさずレンの左手にフォーク、右手にナイフを握らせる。
「左手のフォークで押さえながら右手のナイフで切る。」
「ナイフ…刃がな い…」
「うん。刃がないナイフだよ。ご飯用だからね。」
 その言葉に小首をかしげながらもレンはちらりと阿部の食べ方をまねてパンとベーコンエッグを食べていく。
「牛乳は飲める?」
「は い。」
「じゃあ、おいとくね。」
「ありが、と う。」
 少しベーコンエッグに苦戦したが、レンは普通よりやや遅く時間はかかったものの完食した。
「阿部は2限から?」
「そうだ。」
 言って、立ち上がる。その姿にもビクッと脅える。
「ちょっと調べ物するから、早めに行く。」
「はい、行ってらっしゃい。」
 栄口が言うと「おぅ。」と声が返ってきて、ドアがしまった。
「Uni…大学?」
 ややあって、恐る恐るといった感じでレンは栄口に尋ねた。
「うん。泉と田島とオレ以外は全員大学生。」
 ああ、あとシガポとモモカンも違うな。と栄口は続ける。
「さかえぐ ちくん は?」
「ああ、オレはここの家事一般。分からないことがあったら何でも言ってね。」
「は…い。」
 てきぱきとその間にもレンの皿やら阿部の皿やらを片づけていく栄口。主夫という恐れ多い仕事だ。
「今日は天気がいいから洗濯だなー。レンもやってみる?」
 何となく、水を向けてみる。
「…いいんで、す か?」
 びっくり、という顔で返すレンに苦笑しながら栄口は言った。
「もちろんだよ!やってみよう。」
 一日が始まった。


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彼にとっては初めての主夫な作業 笑