「お兄さんは本当に良い子だねぇ。」
 そんなこと、ないです。と答えた。ただ救急車に乗って、家族の人と連絡をとっただけです。と付け加えて。
「でもねぇ、今やってくれる子、いないんだよ。」
 そうなんですか?…とは聞けない。
「あたしもねぇ、もうずっと担ぎ屋をやってたけどねぇ、歳には勝てないわ。」
 担ぎ…屋?
「そうだよ。ああ、今の若い子は知らないだろうねぇ。あたしゃこの背負いカゴに野菜やら何やらを詰めて運ぶんだよ。電車に乗って、色んな所に売りにいくのさ。でも、まぁ、このギックリ腰じゃあ廃業かもねぇ。」
 そ、そんな……
「ああ、そんな悲しそうな顔をしないで、ね。あたしももう90に手が届くからねぇ。引退するいい機会だと死んだ爺さんの言葉かもねぇ。…息子にも散々言われてたし。…あ、お兄さん。あたしをここまで連れてきてくれたお礼だよ。」
 そんな…いいです よ?
「いいんだよいいんだよ。若者はもっと貪欲にならなきゃね。ほら、手を出して…あいたたた。もっと寄っておくれ。はい。この石。」
 わ…きれい です ね…。
「あたしの母さんが満州へ行ってた時、地元の人を助けたときにもらったもんだよ。…ああ、そんな返さなくていいんだよ。優しいねぇ。あたしは試せないでこの歳になっちまったけど、あんたみたいな若い子は楽しいかもね。いいかい?この石を右手で持って…」



「へー、そんなことあったんだ。」
 昼休み、1年9組の野球部トリオが揃っての食事中のことであった。
 泉の言葉にうん。と三橋が頷く。
 練習の後、田島と別れた直後にギックリ腰で動けなくなっているお婆さんを見かけ、救急車を呼んで、なおかつそれに乗って、病院へと行ったのだ。三橋にしてはすごい進歩である。よほどそのお婆さんの体調が悪そうだったのだろう。「歩く挙動不審者」と言われている彼だが、それすら立ち退かせるモノがあったのだろう。
「んで、んで、その「石」とやらは?」
 キョーミシンシン、という顔で田島が見る。ほっぺたにご飯粒つけたまま三橋が一生懸命もももと咀嚼してごくん、と飲み込む。それから口を開く。
「も 持ってきてる よ!」
 リュックの中をごそごそと漁って、ころん、と取り出す。

 水色の 石。

「うぉー、キレー!」
 田島が「さわっていい?」という顔をしたので「うん。」と頷く。
「あ、田島、ずりィ。」
「いーんだもーん。三橋っから許可貰ってるもーん。」
 そなのか?と泉が三橋を見ると、うん。と頷く。
「で、この石を夜、右手に持つと…?」
 二人の視線が三橋に集中。う、うん。とやや躊躇いながら口を開く。
「そ 空を…」

 飛べるん だ よ。

 三橋は言った。ほっぺたにご飯粒つけたまま。

 これがもし、阿部が言ったら「嘘だろ、おい。(全く信じてない口調)」とか。
 水谷が言ったら「だまされたんじゃねーのか?」とか。
 栄口が言ったら「だますなよー。」とか。
 花井だったらドン引きして自分から絶対に言ってこないとか。
 
 
 色々あるんだけど。

 三橋が口にすると、何故かすとんと胸に入る。朴訥かつ根っから嘘がつけない性格…というより体質である。嘘をつくとすぐに挙動不審に陥るからポーカーとかババ抜きとか勝てない人物である。説得力が異様にあった。
「へー、空、飛べるんだー。」
 泉に手渡しながら、田島がいいなーいいなーという顔をしていた。花井や浜田にお菓子やパンをねだる寸前の顔だ。そういえば、と三橋は思い出し、ややぎこちなく笑いながら「田島くん、いる?」とたずねた。
「え?いいんか?」
「う …うん。メイワクじゃなかったら…。」
 それに、と三橋は続ける。ん?と再び集まる二人の視線。
「この間の田島くん…の 誕生日。なに も あげられなかったか ら。」
「ホントにいいのか?ホントホントホント?」
 じーっと見つめてくる田島に少しヒきながらも三橋はしっかりと答えた。
「う ん!」
「ありがとー!三橋!」
 ニッカーと田島が笑いながら泉からその石を取り戻す。
「う…んっ!」
 その顔に同じになってきた顔で答える。

 ほっぺたにご飯粒ついたままで。



 その日はミーティングの日で、二人はいつもの通りチャリを併走させながら帰る。もう日が暮れるのは早い。天高く馬肥ゆる秋。とテレビでは言っているが、この二人に至っては肥える前にエネルギーで全部使い切ってしまう。そんな二人の共通の悩みは「ガタイが欲しい」である。1歳しか違わない浜田も結構いい体格しているのだ。自分たちだって来年はきっと…と思うのだが、野球部のちびっ子1位2位を頂戴している背の低さだ。田島はちょっとがっしりしてるかなぁ、という感じだが、三橋に至ってはヒョロいという形容を良く使われる。ちょっと悲しいなぁ、と思うが、事実なんだ…と思い、ちょっと涙ぐむ。そんな感じで。でもそんな泣き言も野球の楽しみに比べたら何でもなくて、でも、今日はミーティングだったからちょっと寂しかったなぁ。くらいで。いつもの通りの会話をしながらの帰り道。
「みーはしー。」
 もうすぐで田島と別れる交差点に入るところでの言葉に、三橋は横を向く。
「今日、家に帰ったら、靴を自分の部屋においといて。」
「え?なん で?」
 その言葉にニカーと田島が笑う。
「あの石、使ってみる!」
 で、飛べたら三橋のところに迎えに行く!と田島は続けた。
「え…ほんと う?」
「おう!マジ!」
 一人で空飛んでもつまらないし。と田島は続ける。
「だから、一緒に空、飛んでみよーぜ!」
「う …ん!」
 じゃーなー!といいながら田島は角を曲がる。三橋はまた、ね。といいながら反対方向へと曲がる。

 空、ホントに飛べるのかな?

 三橋は、ちょっと空を見上げながらペダルをこぐ。

 ちょっとだけ、ドキドキしてた。


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担ぎ屋…奪還屋とか、そういうもんではありませんから(笑)。ちゃんとした職業です。
今でもいるのか?と調べたら、今でも日暮里あたりにいるという話なので。
私が高校生のころは結構いたので。担ぎ屋のばーちゃんたち。なんか「チョイ昔の日本」という感じで。