やはり雇用契約書をかわした(かわさせられた?)いち社員となってしまった以上、この通過儀礼は避けられなかった。上司との面合わせだ。
 だが、三橋はまだどこに所属するかも決まってないし、本当の仕事内容はぶったまげたものだ。
「ここのフロアにいる課長はこれで全員。」
 モモカンの言葉におどつきながらも周囲を見回せられない三橋に容赦ない…花井とかいう課長が声を出す。
「こいつ、何ができるんですか?」
 モモカンはここで話しちゃおっかなーとか思ったが、この場は耳が多い。
「ぷ、プログラミングひ、ひと とおり。」
 できます。と語尾は消えている。
「なら阿部、お前の所か?」
 栄口が言うと、仏頂面。
 やはり仏頂面の阿部がいる。
「三橋くんは非常勤と考えていいから。」
 モモカンも珍しく援護射撃を行う。
「りょーかいしました。」

うわやっぱえらそう!

 三橋とモモカン以外は全員思った。
「じゃあお前は水谷っつー新人の隣に席が作ってあるから、そこにパソコン運びこむまで水谷がレクチャーしてろ。」
「はーい。オレ水谷。よろしく〜。」
「は い。」
 わぁ、後輩できた後輩できたと喜んでいる水谷に、何だか難しくなったと三橋は思った。




 9課向きだよ。三橋。
 水谷が阿部に報告したのは、二週間後であった。
 わかってる。と阿部は答える。でも、と続ける。
「あんな正確で綺麗な構文書けるヤツいねぇ!」
 がぁっ!と阿部が吠える。三橋がいたらデスクの下に逃げ込みそうだが、三橋は違う要件(モモカン直下の内容の為課長である阿部も知らない)で、どこかに連れていかれている。
「阿部としては三橋を手放したくないわけだ。」
「当たり前だろクソレフト。」
「ひっど!何で知って…」
「報告書。」
 今日の天気を言うようにしれっと言う阿部にちょっとの殺意を。9課にもちょっとの殺意を。そして自分の不甲斐なさに心の中でだだーっと涙を。
 なんせ三橋に教えたら、恐る恐ると「ここ、間違って ま す。」と指摘され、じゃあどうやるの?と 意地悪げに言ってみたら…あっというまに修正されて、ついでに前にあったミスも直され、阿部から「誰が誰に教えろって言ってあったよな?」と鬼気迫る勢いで言われ。それから三橋は急な、納期の早い仕事をまかされるようになった。それも楽々とこなし、徐々に課にいなければならないような存在になりつつある。そんなスキル低かったか?オレの課とか思いながらもいやいや三橋がすごいからだでとりあえず落ち着かせる。
 明日は来るのか、まだモモカンから聞いていない。
 明日くるようならまた頼みたい仕事を渡そうと不敵に笑い、課の者たちをドン引きさせていたのであった。





 火事の影響でグリップ部分がやや歪な形になっているが、モモカンは気にせずそれを、車椅子を押していた。
 個人照合などは三重にあり、てきぱきと百枝はそれをこなしていく。ここにはモモカンと三橋しか入れないようになっている。電話はモモカン直通のみ。
 そして入ったフロアに三橋はひゅうと息をついた。
「途中で撤退したもんだから、何から何まで中途半端なの。」
 百枝が苦笑しながら言う。このただ広く、様々な機材が置かれているフロアに。
 以前、この大きな会社でもバーチャル・ネット・ゴーグルに類似した、だがまったく違うものを作成しようとした事があったのだ。だが、研究者も、そして時間も足りず、計画は頓挫していた。
「三橋くん。とりあえず清掃や整理はすべて終わってる、最重要研究フロアだから。ここの何を使ってもいいから……そうねぇ、何か論文をひとつふたつ書いてもらえるかしら?」
 そこのコンビニでおにぎり買ってきてといわんばかりのモモカンの言葉に三橋はぽかんとなりながらも了解の意思を示した。
「必ず10時と12時と15時と17時半に何か鳴らすから、そのときは休憩よ。あ、機材は少し前のだけど、パソコンは新しいのにしておいたわ。あとでメールアドレスも渡すから。」
「は、は はい。」
 その気配に気おされて、三橋は何度もうなずく。
「脳波とか数がほしいときは言ってくれれれば上層部も動いてくれるから。」
「ど どう し て?」
 そこでモモカンはふぅ、と息をつくと
「無論会社の発展でもあるけど…三橋くん知らないの?三橋くんの論文が掲載された雑誌はバカ売れたんだから。それだけ画期的で面白い内容だったのよ。寡筆なのが問題だけど、まぁ、それは内容によるから仕方がないわね。」
 じゃあ、さっそくがんばって。とモモカンが手をを振って部屋から出て行った。残るのは様々な機械とパソコン。日進月歩の歩みで検査機会なども発展しているが、この機械類なら十分に役目を果たせることができる。そして………
「ボール と バットと グローブ。」
くふっと笑いながら、三橋は一通り見るため、まず手近にあったパソコンをたちあげたのであった。