三橋のホームからの新たな脅威の発見を促すアラートは、最大レベルのものであった。過去に亜種はあったものの、未知数のものである事が分かる。
三橋は通信回路を開いてモモカンとの接触をはかる。だが、花井が離脱する時まで利用できた通信の回線は途中でぶったぎられていた。
「な に?」
三橋の顔に初めて焦りが浮かんだ。ネットから音声通信は強い回線のはずである。それがいつの間にか奪われている事に戦慄を覚えた。
その時。
「三橋。」
目をぎんぎらぎんにさせた阿部が立っていた。
「あ 阿部、くん」
それどころの騒ぎではない三橋は…こともあろうに
「ち、ちょっと、まま待って、くださ、い。」
ぴーっと様々なデータを広げだした。単純に言えば無視、である。
「みーはーしー!」
沸点の低い阿部。せっかく田島をまいてここまで来たのに…!と怒りMAXな状態でずんずん近付き、ふと三橋が表示させている画面を見る。
「おい、リアルとバーチャルが切り離され…?」
三橋はこくこくと頷く。
「今、なった みたい デス…」
三橋の指一つの動きでこの一帯…かなりの広範囲だ…が完全に現実世界と切り離されている事がわかる。
「今いる全員を呼ぶ。緊急事態だ。」
頭にあがった血が下がると冷静沈着な阿部である。すぐに花火めいたものを作ると、打ち上げた。パーンと大きな音と光を出したそれは、全員に伝わったのだろう。阿部が作ったマップを見ると、全員が異様な速さでこちらに向かっているのが分かる。
「通信回線、映像回線、全て遮断。」
三橋が上ずった声をあげる。
「陸の孤島かよ…」
田島、泉がやって来るのが視界に入る。やや遅れて栄口もいる。全員が訝しげな顔をしているのは無理ないと阿部は思う。
ちらりと三橋を見て、阿部は全員にどう説明しようか悩んだ。あれ?と田島が指差す。困惑した顔の水谷たち脱落組もやってきている。
どうやら落後者の場所にいた者たち全てを三橋は呼んだようだ。
阿部はかいてもいない汗を拭いて、ぎりり、と歯をくいしばった。
9人集まったところで阿部が説明。全員が驚愕の顔になった。
「そのウイルスにかかんねぇのは何でだ?」
田島が早速質問する。
「ぐ、偶然!」
三橋の言葉にはぁ?と全員が首を捻る。
三橋曰く、「このフィールドを作っている壁が偶然にもウイルスの一部を遮断している。」との事。はぁ。と間抜けなため息をついたのは水谷。
「今頃上は大騒ぎだろうな。」
巣山の一言に何人かが頷く。完全に独立した世界。このままでは脳にダメージが出てしまう。
「お、オレの、ホーム!」
三橋が意を決した声をあげる。
「え?三橋のホーム行けるんか?」
早速田島が食いついてくる。
「この、人数なら、ギリギリ!」
「なら三橋のホームに一時的に待避だ。」
阿部がまとめ、全員が頷く。
「花井、運なかったな。」
「今頃どうなってんのか必死だぜ?」
「毛根死滅したらオレらのせい?」
「ウイルスのせいにしておけ。」
違いない!と田島、泉、阿部、栄口が大爆笑する。対する巣山、沖、西広はどうなるのか?と不安げ。
「え、と。高速でら、ランダムで…じ、ジャンプ…目…」
「すげぇ速さでランダムにジャンプしてホームに行くから目を回す?」
田島が早速三橋の言葉を訳す。うひゃ!と沖と西広がドン引く。どれだけの速度を出すのかと栄口の顔もひきつっている。
「時間ねぇから行くぞ。壁が何かの衝撃くらってガタガタだ。」
阿部がここぞと言わんばかりに三橋の隣に立つ。田島も負けじと反対側に立つ。
仕方ないか。と全員が集まった時、三橋はしっかりと両隣の者と手を繋ぐよう指示した。危険をはらんでいるジャンプではこの人数で行うと端の者が脱落する可能性もなきにしもあらずだから。と。
全員、しっかり手を繋ぎ、田島が慣れない奴は目を閉じてろというアドバイスに、何人かがしっかりと瞼を閉じる。
「い、行きます。」
瞬間、空間がねじれた。
西広、ン歳。こんなに心臓に悪い経験は初めてだ。と後に花井に語った。
凄まじいスピードでかっとぶ9人は、田島、泉、阿部がすげぇすげぇ言っていたのに水谷は「こんなスピードじゃくっ付けても振り落とされる」とレベルの違いに愕然とし、他の者たちはジャンプのスピードと衝撃についていくのがやっと…という有り様であった。
1秒が10秒にも1分にも感じられ、栄口に至っては寝てる状態の体が下痢になってないか心配するほどのストレスであった。
「本体戻ったらやんごとなき有り様になってたら嫌だなぁ。」とか思いながら様々な場所へとアクセスしては痕跡を消していく。という三橋の内に秘めた力に驚いて、今度色々と教えて貰おうと心に誓った瞬間、減速が開始された。
水谷曰く「あのスピードで入ろうとするとホームの鍵のかかったドアみたいな場所に体当たりをするようなモンだから。」だそうで、減速は免れない。との事。
後から聞いたのだけど。
真っ暗だった視界が、急に明るくなる。ホームに着いたようだ。
目を閉じていた者は恐る恐る目蓋を開く。そこに詰まっていたのは
「何がなんだか分かんねぇ…」
巣山が呟く。他の誰もが同意と頷く。
ごちゃっ
三橋のホームを一言で表すとそれに尽きた。
「じ、常駐 あ、アプリ…」
三橋もあわあわしながら説明する。よいしょよいしょと 移動してる中、田島まエロデータないのー?とごそごそ。そこを阿部にはたかれる。
全員がとりあえず座れるスペースを確保して「お掃除」はひとまず完了したらしい。めいめいがその場所にあぐらをかいて座る。
「三橋、ここの防御は?」
沖が尋ねる。三橋はとある画面を見ながら「ま、だ解析中だ、けど…平気!」ととても頼もしい返事をよこしてきた。
「何でそこまで言い切れる?」と阿部が質問。三橋は少し考えてから「ウイルスの一部がファイアウォールに引っ掛かっているから。」と教えてくれた。
「西広 くん。」
「な、なんだ?」
三橋がおどおどしながら指をさす。先には昔懐かし黒電話。
「モモカン、に連絡で…る」
西広は黒電話に飛び付いた。
花井は焦燥感で溢れかえっていた。
フィールドが急に見えなくなった後、全員のバーチャルネットゴーグルに異常を報せるばかに大きな音のアラートが鳴ったのだ。この場合、「医師」を呼ばないといけないのだが、モモカンがそれを止めた。あと2時間待ちます。と宣言したのだ。一人が異常をきたしたのであれば「医師」を呼ぶが、課長レベル及び課長が全員…自分除く…意識不明状態なのだ。最悪の事も想定しなければならない事も必然、ある。だが花井はあえてその考えを打ち消すよう首をぶんぶんと横に振った。
「全員、ウイルスの解析準備!どの課もだ!」
花井の一喝で浮わついていたフロア全体がわっと引き締まる。
「バーチャルネットゴーグル関係は使用禁止!それに付随するソフトウェア関連もだ!」
「花井課長!」
7課のブースから悲鳴のような声があがる。
「どうした?」
「BIOS系全てやられました!」
あちらこちらで緊急シャットダウン、そして立ち上がらないという悲鳴があちこちから起こる。
「落ち着け!ネットから切って落ちたパソコンからウイルスを採取、解析急げ!慌てるな!」
モモカンは篠岡に呼ばれてこの場を離れている。他のフロアのコンピューターも巻き込まれたのであろう。
「こういう時の9課なのに…」
一番奥で寝ているように見える二人と研究室にいる一人を思う。田島はオールマイティーに何でもこなすのでこういう予測不能な時に力をフルに発揮する。それで他の「面白い事」に首を突っ込みそうになる田島の首根っこをひっつかんで元の路線に戻すのが泉の役目だ。泉も能力があり、使える人材なのだが田島の天衣無縫ぶりに同じ学校からの付き合い、というだけで9課に配属になった。7課とは課長の阿部としょっちゅうあーでもないこーでもないと口悪く言い合っていたが、お互いを認めあっている証拠だろうと他の課長たちは温い眼差しで見ていた…
いけない。と花井は思考を止める。これ以上考えるとますますマイナス思考のループに陥る。
花井も部下があげてきたデータを見ようとした時、部長室のドアが開いて、珍しく慌てた様子の篠岡が出てきた。
「ぜ、ぜ、全員無事!」
それだけ言って涙ぐむ。
「篠岡さん、課長が?」
部下の一人が恐る恐る尋ねる。
「はい…はい!今部長に連絡が入りました。…全員、ウイルス感染なく無事だっ…」
最後のところは涙で消えた。篠岡も心配していたのだろう。
あいつら、帰ってきたらとりあえず殴る!
こんなに心配かけさせやがって!
けれど課長軍団全員無事という一報をきいて沸き立つフロアを見て…
…
良かった…!と椅子にどさりと座り込む花井がいた。