「なーなーなー、コウスケ!」
 朝一番、食事の前の礼拝の時間に大声で話しかけられるのははっきり言わなくてもウザい。行動としてたたき落としてもいいのだが、ユウイチロウには一切きかない。はぁ、と溜め息一つついて、「なんだ?」と答えてみる。拳と足は既に臨戦態勢。
「タマゴ、夢の中にでてきたぞ!」
「はぁ?」
「だ・か・ら。アイツの名前教えてくれーって、一昨日言ってたろ?」
「あ、ああ。」
 そうだったな。とコウスケは思い出しながらユウイチロウに話すよう促す。
「そうしたらあいつ、夢の中に出てきた。」
「はぁ?」
 コウスケは驚愕の眼差しでユウイチロウを見る。そういえば法力も強いがコイツは無意識のうちに託宣も受けたりするのだ。本人は「里帰りが近いほうがいい!」ということでここを選んだという超変わり者。普通はそのくらいの能力があれば大神殿でもいい位置につけただろうに。
そんなことはお構いなしに、ユウイチロウは続ける。
「あいつ、ちっちぇー赤ん坊で、空中にちみっこい指で神殿文字と聖伝文字で教えてくれた。」
「神殿文字ならお前も読めるだろ?」
「そのくらいは読める!」
 むっとしてユウイチロウが言い返す。神殿文字は神殿が普及させている文字で、一般的な文字としてかなり浸透してきた文字のことだ。
「聖伝文字は?」
「う……後でアズサか誰かに聞こうと思って。」
 かさ、と紙が動く。夢の中での文字を必死に思い出して書いたのだろう。
「見せてみろよ。」
「おう。」
 泉がそれを広げると、…確かに聖伝文字がでかでかと書いてあった。
「どこでどう読むか知らないけど、ミハシレンって読むんだと。」
「名字つき!」
 名字つきというのは神から告げられたといわれる、神殿に仕える者であればかなりの聖職者でないと名乗れないものである。
「本人言ってたから。」
「……オレも聖伝文字は読めねぇから、やっぱりアズサか誰かに聞こう。」
「それがいいって。知の神官に頼むのがいっちゃんいいと思うよな?」
「そうだな。オレら武の神官だし。」
 くっちゃべっている間に神殿へと到着。もう始まる寸前でユウトが笑ってない目+微笑を浮かべた口で「早く座って。」と言うので自分たちの席にあわててつく。
(楽しみだな)
(そうだな)
 視線で言い合い、二人でにやりと笑った。

 これで、みはし れん て読むんだよ。
 礼拝が終わった後、食堂に行くときにシンタロウがけろりと答えた。さすが知の神官。
「そっかー。あのたまごの中身、名前それだから。」
「へ?」
 シンタロウが鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
「あいつ夢の中にでてきて、オレに名前教えてくれたんだ!」
 シンタロウは思わず隣のコウスケを見る。返ってきた視線は「知るか!」だった。
「名字つきかぁ……まぁ、あんなに聖なる気を放っているのなら当たり前かな?」
 シンタロウはうんうんと頷く。
「これからいつも名前呼んで、はやくでてこーいって言ってやるんだ。」
「名字つきの場合は名字があることに敬意を表して名字……彼の場合は三橋だね。三橋って呼ぶんだよ?」
 早速シンタロウは注意をする。まさか一昨日たまとかキューちゃんとか言っていたと言ったらシンタロウはその場でぶっ倒れるだろう。ついでに経由して話を聞いたアズサも、だ。
「三橋かぁ……よし。」
 うん。と頷くユウイチロウに、何か恐ろしいものを感じたか、シンタロウはそそくさと食堂へと向かう。
 ご機嫌で歩き出したユウイチロウにコウスケもなにやらいやな予感を感じながらも、空腹を満たすために食堂へと向かった。


「だーかーらー、アズサもタカヤもユウトもしばらく三橋を見に来ちゃだめだって!」
「なんでだ?」
 三人のうんざりした視線が田島と…巻き込まれたと言わんばかりのスタンスをとっているコウスケにそそがれる。
「最初にお前ら三人話し合いしたろ?んでオレらん所に来たら、タマゴがもっとちっちゃくなってたんだよ!なー、コウスケ!」
 いきなり話を振られたが、それも慣れたコト。コウスケも頷きながら話を進める。
「ああ。で、ユウイチロウが夢の中で名前を聞いて、話しかけてたりしたら…」
 三橋 廉だって。名前。

 まぁ、初めて触れた時、あんだけ聖なる気を放っていたのだから名字つきなのは頷いてもよいだろう。少しアズサが遠い目になったけど。

「今40センチくらい?タマゴ。」
「そんくらいだろ?」
「もう昼間はベッドに置いてあるもんな。」
「お前の部屋、日当たりいいもんな。今日の夜はオレの所だからな。」
「わーってるって。しゃーねーな。コウスケと一緒に育てるって話なんだもんな。」
「ちょっと待て二人とも。」

 いきなり話を止めたのは、胃薬が友達のアズサである。

「なんだ?アズサ。」
「今40センチっ…て。」
「ユウイチロウが言ったな。確かにそんくらいだ。みるみる大きくなった。」
「あと20センチくらいかな?オレが夢の中でみかけた姿。」
「その内容を簡単かつ簡潔に言え。」
「タカヤのオーボー。」
「なにぃっ!」
「まぁまぁ。…で、ユウイチロウ、夢の中でどんな会話がなされたのか教えてくれる?」
「そーいやーオレもまだ聞いてなかったな。」
「そうか?」
「さっさと話せ!」
「まったくオーボーだな!…ったく…あのなー…」

 薄暗い中だった。上も下も右も左もない、薄暗い所。そこに立ってたっつーか、そんな感じで。
 しばらくきょときょととしてたんだけど、あのタマゴの気配がしたからそっちの方向に向かったんだ。
 そしたら、ちまいのがいた。あ、人間のかたち。薄暗かったから顔とかわからなかったんだけど、ちょっと育った赤ちゃんくらいの。
「もしかして、夢に出てきてくれたのか?」
 ちっこいのが頷いた。こく、て小さく。
「おー!ありがとな!オレ、ユウイチロウ。お前は?教えてくれよ。」
 そうしたら、ちっこい手を空中にのばして、指でこにょこにょと書き出したんだ。そしたらさ、空中に白い光で三橋 廉って書いたんだよ。んで、下にちっこく神殿文字でミハシレンって。」
「ミハシレンっていうのか!」

こくっ。

「そっかー!これからお前のこと毎日呼んでやっからな!あ、オレの他にもう一人声がするだろ?」

こくっ。

「あいつはコウスケっていうんだ。すぐオレのことはたくけど、イイヤツなんだ!」

こく。

「怖くなくなったら、いつでも出てこい。オレもコウスケも、他のヤツらも、みんなで待ってるからな。」
………こく。
「よし。ご挨拶だ。怖くないからなー。」

ちっこいのの脇に手を差し伸べて、だっこしてみた。ふわふわでもこもこで、あったかかった。でもすんげービクビクしてたから、よしよしとなだめてたら落ち着いて…ああ、髪の毛がふわふわ。茶色っぽかったかな?最後はオレもだっこしたまま座り込んで、寝っ転がって、気がついたら朝だった。


 すんげぇ恐がりみたいだからなー。まだまだタマゴから出てくるのは先かもしんないけど。
 毎日コウスケと一緒に話しかけてるんだ。な、コウスケ。
 今日の出来事とか、天気とか、フミキが転んだとか、その時インクの充填をしに歩いてたシンタロウに当たってフミキが真っ黒になったとか、その上をタカヤが踏んづけて歩いていったとか。おお。昨日はフミキ特集。今日は誰の特集にするか?
 アズサとかタカヤとかユウトとかの特集にすると、なんか怖がって出てきそうにないしな!
 タカヤ、そこ怒るところかよー。ユウトもかよー。
 きーめた。今日はショウジ特集にしようぜ!
 楽しみだなー。明日はもっとおっきくなってるか!
 だからアズサもタカヤもユウトも、見にくんなよ!

 行こうぜ!とコウスケが言って、会議室からとっとと逃げ出した二人の後ろ姿を見て、三人ははぁ、と溜め息をついたのであった。


 ちっこいタマゴがみるみるうちに大きくなって、コウスケが洗濯かごにクッションをしいて、その上にタマゴを置くようになってはや一週間。
 ユウイチロウが「もうそろそろでてこいよー」と毎日言っているのだが、返事は当たり前のことだが返ってこない。
 その日も暖かく、のんびりしたくなる日であったのだが、武の神官であるユウイチロウ、コウスケ、ショウジは、近隣の村に派遣されていた。
 広範囲であったため、全員が揃って神殿に戻ったのは、ゆうに一週間が経過していた。
 それぞれが風呂に入り、結果報告をすませるためにアズサの執務室に向かおうとしていたとき、ユウイチロウとコウスケにニカニカ笑いで来たのは、いない間にタマゴを頼んでおいたフミキであった。
めいめいお疲れお帰りだの挨拶をかわすと、フミキはあとで自分の部屋にあるタマゴを取りにくることと、それと。「いないいない…チラって知ってる?」と意味深な言葉を言ったのち、カズトシのところに天候と暦から算出した植物の種をまく時期の話し合いをするからまたねー。勝手にタマゴ持ち帰っていいよーとへらりと笑うと去っていった。
 二人ともタマゴを見たかったが、ショウジがかなり疲れた顔をしていたので、先にそっちを優先することにした。
 難しいトコはショウジに丸投げで。

 アズサへの報告もほどほどに、二人は廊下を走る。途中カズトシから「廊下は静かにね…」という声があったような気がしたが、すっぱり無視。フミキの部屋の扉を静かに開けられたのは奇跡かもしれない。
「みっはしー」
 部屋の隅、大きなタマゴ。
「お?」
「え?」

 ユウイチロウとコウスケが同時にすっとんきょうな声をあげる。かたっ、とわずかにながらタマゴが動いたのだ。
「ただいま、三橋。」
「たっだいま!みはしぃぃぃ!」
 タマゴをしげしげと見ていたユウイチロウがまたすっとんきょうな声をあげる。
「どうした?ユウイチ…って!」
 コウスケもユウイチロウが見ている場所を見て驚く。
 タマゴのてっぺんからやや下、そこに小さな穴が開いていたのだ。
「三橋…」
 何かとてつもなく感動して、ユウイチロウが声を出す。タマゴは沈黙しているが、何となく肯定しているような感じだ。
「よし、まずどっちかの部屋に入れるか…」
 ゆらりとコウスケが拳をあげる。
「…だな。」
 ニヤッとユウイチロウが笑いながら拳をあげる。二人とも勝負をするにはこの方法をとっている。
「いくぜ…」
「おぅよ!」
 二人は互いの目をしっかり睨みながら拳をふりおろす!
『せーの!じゃんけんぽい!あっちむいてホイ!』

10分後、ようやく勝者であるコウスケのもとにタマゴが運ばれることとなったのである。

 コウスケの部屋に運び込んで、まずは一息と水差しからカップに水を注いで「お疲れ〜」とがっこんとカップをぶつける。少し勢いがありすぎて水がこぼれたのはご愛嬌。二人とも喉が乾いていたので一気に飲み干す。

「ぷはぁっ」
ゴン。

という一連の動作までシンクロさせた後、同時に同じ方向を向いた。

すなわち、タマゴ。

 穴の中からちらちらっとあった視線がパッと消える。

「………」
「………」

 二人は思わず顔を見合わせてしまった。次いででたのは大笑い。
「そうだよな。三橋だって気になるよな!」
「そうそう。フミキが何したか気になるが。」
 そーだな!とユウイチロウが答える。あわてて視線を反らしたからか、タマゴはゆらゆらと揺れている。
「楽しみにしてるからな!」
「オレも!明日はオレの部屋だから話そうな!」

 ゆらりとタマゴが揺れ、再度二人は顔を見合わせた。