
オレは栄口。栄口勇人。西浦高校野球部の副キャプテンやってます。苦労性のキャプテンの花井と傍若無人のもう一人の副キャプテンの間で調整役してます。
もう一人の副キャプテンの名前は阿部といいます。他の部員の意見を聞いてみると「横暴」「傍若無人」「すぐキれる」「クソよわばりするな」「頼むから大人しくしてくれ」「そのニヤリ笑い怖い」「凶暴女房」「(阿部がいるから)投げられる」「キモい」など。うーん。一人を除いて大体阿部という人がわかってくれたかな?まぁ、そういうヤツなんです。阿部という男は。
で、彼のポジションはキャッチャー。ピッチャーに次投げる球を「指図」するとか色々役割はあるんですがね。うちのピッチャーはとっても卑屈で困ったさんで天然がかなり入っているので部員の中では一番扱いづらい人なんです。ま、次を言わせてもらうなら田島か阿部か。オレとしては操縦しづらくても元気いっぱいな田島のほうが花井や同じクラスの泉とかでストップがきくから結構どーにかなるし。ずーんと落ち込んだ三橋…あ、説明忘れてました。うちのエースです。でも性格はキャッチャーのほうがどエース…洒落にもならねぇ…チッ…いや、こっちの話で。で、落ち込んだ三橋を浮上させるのが上手い上に混乱して言語中枢があやしい三橋の言葉の通訳もしてくれるんで(ひそかに沖あたりはミハリンガルと呼んでいるらしい。うまい)、ありがたい存在です。はっきり言って、田島の存在がなかったら、意思の疎通はもっと難しかったと思います。ええ。このごろは泉と一緒に田島から少しずつ教えてもらって、少しずつですが分かるようになってきました。進歩。オレ。
ところがまぁ、進歩しない人もいるんですよ。
阿部。
彼なんですがね。ああ、やっぱしゃがみ込んで泣き出しちゃった。あ、彼がではないですよ。ありえねぇ。三橋が、です。
ここんとこ、泉と田島と三橋がいる1年9組というカオスゾーンにちょくちょくお邪魔しているので何となく、三橋の今、ないている理由が分かっています。そして…その…オレの、いや、オレたちの腹筋が痛いのも…すごく…。
三橋は阿部に言いたいことがあるんです。一言。
その一言が言えなくて、でも言ったら逆上するか怒鳴るか二つに一つなので言えません。それで混乱をおこして泣き出してしまったんです。
「嫌われたくない」という三橋の気持ちは痛いほど伝わってきます。9分割できるピッチャーなんて日本全国の高校野球やってるピッチャーでは三橋くらいでしょう。で、そのチカラを存分に発揮させているのは阿部でしょう。
でも、困ったことに、彼らにも性格というものがあります。
たとえば、二人同時に「あ」から「ん」まで言おうとしましょう。三橋が「あいうえお」といい終わるか終わらないうちに、阿部は「ん」まで言い終わって「何で終わってねーんだ!このノロマ!」とキレます。三橋はその怒声にビックリして、キョドッ(挙動不審状態の略称です)て、泣いてしまいます。するとその姿にまたキレて怒鳴ります。その姿にキョドッて、泣いて…とまぁ、悪循環のフラフープ、じゃない。無限ループに陥るわけです。
でも、まぁ、二人とも「どうにかしよう」という気持ちはあるらしく、少しずつですが歩み寄っているようですが…阿部はキレます。今日もキレてます。
いや、今日は別のところが……キレて、ます。
三橋はそれが言いたくて言えなくて、泣いてます。オレたちは腹筋を痛めてます。オレたちどころか、監督まで腹を抱えてます。マネージャーの篠丘は写メ撮ってます。明日は7組を中心に笑いものでしょう。…いい気味だ。
今、阿部は、反対側にいる田島にキャッチに関する説明をしています。しゃがんだまま。まぁ、いわゆる「ウンコ座り」というヤツです。
で、キレてる所は…ズボン。
見えてんですわ、トランクス。まぁ、男の下着ですね。
まぁ、女子じゃあるまいし、キャーキャー騒ぐほどではありません。確かに。でも、すぐにキレて公式試合中でも「タイム」と言った後にピッチャーに怒鳴りに行くくらいに沸点が低い、年中不機嫌な顔したヤツがです。
キティちゃん。
トランクス。
しかも薄紫に白のラインでくっきりすっきり。ズボンからその愛らしい顔を覗かせているんです。
三橋はそういうのを見て笑うタイプではありません。反対にぐるぐるしちゃうタイプです。そのぐるぐるした姿を見た泉が何が起きたと近くに寄って…吹き出して…全員に「こいこい」と手招きしちゃったんですわ。しゃがんでぽろぽろ泣いている三橋を立たせて、背中をぽんぽん叩いて、落ち着かせるのも泉とオレの役目です。今ここで笑ってはいけません。笑うと、気づいた阿部が三橋に怒鳴り込んでくるのは分かってますから。ええ。単純低沸点男ですから。
今、田島は阿部と真剣に話しをしてます。ですが、こっちでは腹筋を痛めて苦しんでます。
ええ、笑いにです!もちろんです!
その姿に不思議さを感じた違う方向にいた奴らが来て…腹筋を痛めてます。
水谷が阿部に話しかけようとしましたが、裏拳で黙らせました。飛び火させるんじゃねーよ。下手にこっちに噴火されても困るんだ。水谷一人が「クソ扱い」されるならいいけど、こっちまでくるのは正直ごめんです。
とうとう花井がやってきました。オレが無言で指さすと…ダメージくらってしゃがみ込んでしまいました。ああ、苦労性のキャプテン。これからどうなるか考えてしまったんだ。彼の誕生日には胃薬を送ろうと巣山や沖とか西広とかとで話し合っていたところです。まぁ、来年ですがね。
「………じゃあ、分かったな?」
くるり。
あ。
阿部がこっちを向きました。全然気づいてません。周囲を見回したら全員集ってました。無論三橋は泉とオレの後ろに隔離です。これから多分、導火線に火がつけられますから。
だって、ほら、同じくしゃがんでいた田島が阿部の尻を見て…驚いてるんだもん。
「なー、阿部。」
ニカッとした田島の笑い。オレは、オレたちは後ろを向きながら無理やり後ろ向きにした三橋の手を掴みます。
「何だ?」
たずねたのは田島に?それともこっちに集まってる全員に(しかも全員逃げる体勢)?
「キティちゃん、かわいいな!」
はぁ?という顔から、ま、まさか、という顔になって、ぎ、ぎ、ぎ、と田島の方を向く阿部の顔。
「ズボン、大開帳。かわいいキティちゃん、お出迎え。」
ぎんっ
こっちを振り向いたときの阿部の顔は、羞恥で般若の形相をしてました。瞬間、オレは三橋の手を引っ張ると逃げ出しました。逃げるが勝ち。
「う?え…え?」
三橋、こういう時は一番ターゲットになりやすい人間が逃げたほうがいいんだよ。泣かなくていいから、考えようね。
他の面々も散り散りになって逃げます。笑い転げながら。
「みはしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!」
長時間のウンコ座りに慣れている正捕手殿はキャッチャーミットで尻を隠しながら一直線にこっちに来ます。考えてるのはどーせ。「お前見たなら教えろ!」の怒鳴りバージョンでしょう。
「てめー、知ってたら言えーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!」
ほらね。…わぁ、すくまない。立ち止まらない。走れ、三橋!
反対側を見ると、野球部の中で一番足の速い田島がもう片方の手を掴んで「いいか?三橋、あれは全て阿部が悪いんだからな?」と真剣な顔で言っています。
「う、うん…?」
分かっても分からなくてもいいよ、三橋。それが三橋らしさだから。
オレは田島に「三橋は任せた」というアイコンタクトを送るとぱっと手を離しました。答えは簡単。田島と三橋は短距離・中距離のワン・ツーコンビなんです。阿部が走ってくる間に、田島はモモカンに「外を走ってきます!」と言って、扉を開け、三橋を出して、ガシャンと閉めて走っていってしまいました。んで、手に手をとって、大脱走。田島、ナイス。
あの二人なら10分経ったら「何で走ってるんだろう?」で20分くらいしたら戻ってくるでしょう。その間に…。
「じ、ジャージに履き替えてきますっ!」
三橋と田島という怒りのぶつけどころがなくなって瞬間冷静になった阿部はミットで尻を隠したままモモカンに告げ、校舎へダッシュ。
阿部が完全に視界から消えたところで全員が大笑い。モモカンも涙流して笑ってる。練習、一時中断。全員腹抱えての大爆笑。
そう、全て、阿部が全て悪い。
キャラに似合わないトランクスはいてくるのも。それを三橋に見せるのも。
阿部が全て悪い。
オレらの腹筋、ひきつけ起こしそうじゃない?ってくらいひくひくしてる。明日筋肉痛かも。
阿部が全て悪い。
お前がしなけりゃいけないフォロー、全部こっちでやってんだぞ。とか。
阿部が全て悪い。
怒鳴って三橋が泣いているところを見て、さりげなく花井が胃袋あたりを押さえてるとか。
そう。全て、阿部が悪い。
どんだけこっちをハラハラさせてるか、とか。
そう。全て、阿部が悪い。
それでエースと意思疎通できてるのか?とか。
野球部員全員心配させてる、お前が、阿部が、全て、悪い。
本当に、うちのバッテリーは心配ばっかりかけさせるから…ねぇ。
とりあえず、阿部が、全て、悪い。
以上、栄口がお伝えしました。
さりげなーく栄口くんが黒いだなんて…ホホホホ…