月がとっても青いから



「うわー、すっげぇ月!」
 
水谷がほわぁ、としながら言った。
つられて殆どの者たちが上空を見上げる星も見えないくらいの、おおきな、月。
「そだ。三橋!」
 
練習を終え、部室に戻る時の田島の目はその月のようにキラキラしていた。
「な、なに…?」
 
いきなり後ろから飛びつかれて、三橋はちょっとキョドる。
「三橋、みはし、『月がとっても青いから』…?」
 
暗号のように繰り出された田島の言葉に、ややあって、三橋の目もお月様になる。
「うん!」
 
花井から部室の鍵を奪い取り、二人は練習の疲れなんて飛んだかのように部室に走っていく。
「なんなんだ…?」
「さぁ。」
 
巣山と阿部が首を傾げる。
「まぁ、あの天然どもの思考についていけるヤツはいないってことだよ。」
 泉がぼんやりと月を見ながら言った。

 そりゃそーだ。と全員が頷いた。

 
田島、三橋の次に部室に到着した時、田島は準備が完了し、三橋も珍しく速く着替えてた…というか、田島が手伝っていた。
「おい、お前ら…」
 
部室に入ってきた花井が一体何するんだ?と問いかける前に、田島は三橋と三橋のリュックをひっつかみ、靴を履きだす。三橋も慌ててそれに続き、つまづいて田島にかばわれる。
 履き終わって、二人でふへっと笑いあうと、『お先にー』とトタタタタと走り出した。

「やっぱりわからねぇ…」

 阿部の呟きに全員が頷いた。


 二人はそれぞれの自転車にまたがり、走り出す。
「上の公園に行こうぜ!」
「う うん。…その前に…。」
 二人して同時にお腹が鳴り出す。
「…コンビニだな。」
「う ん!」
 まずはコンビニへ直行。

 この間、ミーティングの後、二人でカラオケに行ったのだ。
 その時三橋が歌った歌を田島はしっかりと覚えていたのだ。

「月がとってもあおいから〜」
「遠回りして か えろ〜」

 
二人で歌いながら、自転車をこぐ。家とは反対の方向へ。

「あーのーすーずーかーぜーのー」
「なーみーきぃみぃちはー ぁー」

 
サラリーマンがびっくりしたような顔をして振り向く。それもお構いなし。

「おもいでーのこみーちよー」
「うーでーをやさしくくみあって」
『ふーたりっきーりーで さーーぁ かえろー』

 
二人ピッタリ歌があったところで自転車が止まる。コンビニに到着したからだ。ガシャガシャっと降りて、コンビニへ入る。
「何買う?というか、金いくら持ってる?」
「ご…ごひゃくえん。」
「勝った。550円。」
 二人笑いあって、100円のジュースと二人で150円ずつ出して買ったお団子を持って、再び自転車に乗る。

 急で暗い上り坂も歌いながら走る。月がとってもきれいだから。

 2番を歌い終わってそれぞれハミングしていると、目的地の山の中腹にある
公園へと着く。さすがに軽い汗をかきながらも二人して降りる。
 小さな公園は誰もいなくて、月だけがくっきりと姿を現している。

「すげーな、月。」
「そうだ ね。」

 二人して、コンビニで買ってきたジュースと団子をあけ、無言のまま飲み食いする。視線は、月。

「はー、しかし、いい月だなぁ。」
「う ん。」
 
飲み食い終わると、また言い合う。横を向くと、笑顔。
「じゃ、遅くならないうち、帰るか。」
「そうだ ね。」
 ちょっと名残惜しいけどな、と言って頷きあう。

 
帰り道は下り坂。冷たくなった風に秋だなぁ。と思う。
「もーすぐでさー、うちの畑も収穫の時なんだー。」
 そーしたらヤキイモやろーぜー、という言葉に三橋は「う んっ!」と答える。
 
学校の近くまで来たら、田島がまた歌いだした。三橋もそれにつづく。

「月もあんなにうるむから」
「とおまわりしてかえろう」
「もう今日かぎり あえぬとも」
「おもいでは すてずに」
「きーみーとちかったなみきみち」
『ふたりっきーりーで さーーぁ 帰ろう』

 
そこで道がわかれる。
「三橋、またなー。」
「田島くんも おやすみ なさい!」

 
もう今日限り会えないなんてない。明日また会うから。
 でも、思い出は残る。

 
田島はもう家についたろう。三橋は自転車をこぎながら最後のフレーズを一回歌ってそのまま家路についた。

「さーーぁ 帰ろう」

 
家には晩御飯とあったかいお風呂と、家族が待ってるから。
 三橋はもう一度月を見て、「ウヒ」と笑ってさらに自転車の速度をあげた。

いや、月がきれいで。作詞は清水みのるです。昭和30年の歌。そら高校生が歌ってたら驚くでしょう。個人的に遊佐未森がカバーした曲が好き。