1年9組の文化祭
泉と三橋の復讐〜すべては文化祭のため。


 朝練の時、泉は田島に「それ」を話した。
 あまりの剣幕と機嫌の悪さに珍しく田島もビビりながら「三橋もそれに了解しているのか?」ととりあえずたずねた。
「あったり前だろ?」
 鼻息荒く泉は答える。練習の合間をぬって、泉は三橋に「こいこい」と手をふりふりする。ややあって、三橋、到着。
「なぁ、三橋。」
「三橋、あれ、やるだろ?」
 田島の言葉にかぶさるように泉は話す。田島と泉の顔をきょろきょろ見やって、最後に泉の顔を見た後、三橋はこくん、と頷いた。
「てめぇは男役なんだからいいんだよ。オレらは大迷惑かってんだよ。しかも浜田からオッケーサインが出たっつーんだから、あいつもどうにかしてやらねぇと、気がすまねぇ。」
 完全に頭に血がのぼってる。…三橋は、と見ると、ぶんぶん、と首をふっていた。…縦に。
「み…みは、し?」
 田島が思わず一歩ひいた。
「三橋はもう少しで阿部に気づかせるところだったんだよ。」
 このつるんつるつるの腕のおかげで。と泉は突然三橋の長袖のアンダーをまくってみせる。田島はそれを見て、ああ。と頷く。内野外野ならまだともかく、ピッチャーにそれをやるのは恐ろしくまずい行為である。変なところに力が入ってしまって故障してしまったら笑い話にもならない。
「…良く、阿部、気づかなかったな…。」
 なんか栄口ちっくだなぁ。と田島は心の中でぼやきながら正直な感想を述べた。
「い…いつもの…なげ……やった ら。」
「いつもの投げ方で?そのつるんつるつるで?」
 田島がいぶかしげな顔になる。それは少しまずいんじゃないか?しかし…阿部にも花井にも言えない。これは「9組の問題」だからだ。7組の奴らには口出ししてもらっては困る。無論、3・1組も同様だ。
「今日の放課後から文化祭の用意で午後からグラウンドが使えなくなる。体育会系は全て休みだ。」
 それが安心といえば安心…だが。
「毛って、いつぐらいに生えてくるんだろうな?」
 三橋の腕をちょっと撫でさせてもらって「うぇっ、ホントツルツルだっ!」と言って横にいた泉にはたかれた田島がちょっと真剣な表情で言った。

 言ってはなんだけど。

 文化祭ごときで、野球部のエースを故障させてはいけない。

 田島は浜田の頭を疑った。小さいころとはいえ、野球やって…あ、小さい時は「ケ」なんて生えてないか。
 だから、と泉が話した「作戦」に、田島は素直に頷いた。

 これは泉、三橋だけの復讐ではない。
 自分の背後にある「野球部」からの復讐だ。

 ニヤッと笑った田島の顔は、たまに三橋を恐怖に陥れる阿部のそれに酷似していた。


 「浜田を除く全てのクラスのヤツへ」という手紙が回ったのは3時間目の授業中だった。それを見たクラスメイトたちはなんともいえぬ顔をして、次へとまわした。
 昼休み、泉と三橋と田島が食べていると、クラスメイトたちが手紙をぽっつんぽっつんと落としていった。泉はそれを広げて「よしよし。」と頷いている。
 実はすでに女子委員の許可も下りている。…三橋が両腕両足がつるんつるつるになって泣きながら「もうやりたくない。すべてハマちゃんのせいっ」と泣きついてきた。と非常に暗く困った顔で2時間目の休み時間に廊下に連れ出して言ったのだ。「人のせいにすることなんてない」三橋が、「泣きながら」、「泉にすがる」というのは珍しい。大抵は前日に察知した空軍(7組連中)が問答無用で三橋から事情をきき、絨毯爆撃を起こしにくるからだ。あと、田島がこの件に関わっていないというのも理由の一つだろう。
 浜田も忙しかった。でも、ピッチャーの腕の毛をつるんつるつるにしてしまったことに関しては注意しなければならないことだったのではないか。

 女子委員は、6時間目の「泉と三橋の復讐」を認めた。そして、自分のカバンの中からすでに答えの書いてある古文のプリントを泉に手渡した。
「サンキュ。」
 軽く手をあげて、泉は教室の中へと入っていった。

 5時間目から6時間目の休み時間。

 次の時間が自習、ということもあって、のどかな9組か?といえば、表面上はそうだった。わいわい、がやがや、やいのやいの。そんな音が良く合うクラス。ただし、一区画を除く。………浜田の席だ。

「はーまだ。」
 とことこ。と近づいてきたのは…田島か。
 なんだ?ときこうとして、頭に衝撃。
 完全に意識はブラックアウトした。

「落ちたぜ。」
 ふぅ、と息をついた田島の右手には…英和辞書。
「よし。作戦実行。」
 泉が言い渡した。田島は嬉々として動き出す。
 泉の手には…ガムテープが握られていた…………。

 ずきずきする頭に気づいて、意識がじょじょにクリアーになっていく。
 と、下半身がミョーにスーカスーカするのに気づいた。
(女子ー。見たいヤツはいいけど、こっちくるとハミチン見えるからなー!)
(氷の微笑の男版…ではないけどヘアーも見えるぞ。)

 田島…泉………?

 はた、と気づいて起き上がろうとして、起き上がれないことに気づいて、序半身をがばっと腹筋でおきあがって…絶句した。
「もごーっもごもごもごもごっ」
 声すら出ない。なぜっ?
 このズボンを剥かれて上半身はそのまんま、下はトランクス一丁というこの状況!しかもなんか…ゴワゴワするんですけどーっ!
「おーい、泉、三橋、浜田気づいたぞ。」
 田島の声が耳に入る。
「よし。」
 泉の声。なに?その「よし。」は?
 視界に泉と三橋の顔が入る。泉は心底機嫌の悪い顔。そして三橋は…あれ?
(三橋に表情が…ない?)
 と言っている間に、両足の太ももにピリッとくる痛み。なんだ?
「はーい。これから浜田の脱毛式に入りたいと思いまーす。」
 泉の声に授業中ということもあって、小さい拍手がパチパチと起きた。
(だ、だつもうしき…?ナンだそりゃ。)
「三橋は左足。オレは右足でいいな?」
 泉が三橋のほうを見て言う。三橋はうん。と頷く。表情が、ない。

 ぺり。

(うぐぉぉぉぉっ)
 三橋が軽く何かやった。それに毛がとられて絶叫した…くてもできなかった。
「ふぐぉっ」
「三橋、ちょっと早い…ああ、とる場所が作りたかったのか。」
 泉の声に三橋はうんうん。と頷く。
「なー、泉。浜田、混乱してると思うから、セツメーしてやったほうがいいんでない?」
 田島の声にそーだなー。という応えの声がして、視界に泉と三橋の顔が再び入る。
「昨日、オレらは脱毛クリームで腕とすね毛をトイレの排水溝へと流した。」
 は?
「それもこれも、お前が何気なく返答したからだ。」
 …そうだったっけなー。
「お前はロングスカートをはくからという理由で除外された。…それは許さない。同じ女装をする者としては…。」
 ぎっと泉が拳を握る。
「故に、田島とクラスの奴らに手伝ってもらって、お前にもこの苦しみを味合わせてやろうと思って、この自習の時間にやっちまおうということになった。」

 なに?新手のイジメ?

「ちなみに、お前の手と口、そして両足にはこれが使われている。」
 泉が出したのは、もう殆どない…ガムテープ。しかも布。
「安心しろ。選択させてやる。…一瞬か、じわじわか。」
 泉は三橋に視線を送る。うん。と頷いて三橋は視線から消え…。

 ぺりり…

「ふごぅおぅおぅ」

 左足に何ともいえない痛み。
「うん。わかった。一瞬コースだな。」

 答えてねーぞ!

「じゃあ三橋、一瞬ではがすから、そこをしっかりと握って、いち、にのさん、ではがすからな。」

「ふごー、ひはひっ!ひはひっ!」
「三橋って呼んでるなー。」
 珍しく、三橋以外の言葉も翻訳する田島。
 ひょこっと視界に入る三橋の顔。
「ひはひ、ほはえはひはっへんは!」
「『三橋、お前なにやってんだ!』だって。」
 翻訳100パーセントさに浜田は少し驚く。ミハリンガルよりかは簡単なようだ。
 三橋は無表情で一言、答えた。
「…毛。」
 だが、浜田は三橋の無表情の中から、一つ、それを見つけた。そして戦慄した。

 三橋の額に浮かんだ、ちっちゃな怒りのタコちゃんマーク…。

(三橋…もしかして…)

 怒っているのか………?

「三橋、やるぞー。」
 怒りがこうじて無表情になる人がいる。というのはきいたことがあるが、三橋がそれに当てはまるとは思わなかった。…というか、三橋に「怒る」というコマンドがあるというのもかなり驚いた。が…泉の言葉に浜田は凍った。
 両足の付け根あたりにぺりぺりっとした感触。全然気負いというか容赦も呵責もない。
「はへて…はへろー!」
 やめて…やめろー!と叫んだが、聞く耳は誰も持っていなかった。

「いち」
 ぺり。と両足に痛み。
「にの」
 ぺりぺり。と両手で掴んでいるという感触。
「さん!」


 べりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 足の付け根からくるぶしまで、一気に痛みが走っていった。
「おお、とれたとれた。」
 泉と三橋は立ち上がって、両足にべったりとついていたガムテープの粘着面を周囲に見せている。ぱちぱちぱち。と拍手が起きる。さぞかし毛がついているのだろう。
「第二幕、腕毛〜!」

 なぬ。

 見ると、腕にもかっちりとガムテープが張られている。後ろに手を縛られ…いや、ガムテープで固定されているので分からないが。
「おーい、誰か。裏っ返しにするの手伝え。」
 ひりひりしている足を無視し、泉が告げると誰かがやってきて、ころんとうつぶせにされた。
「いくぞ、三橋。」
 視界が地面だから分からないが、こくんと三橋は頷いたのだろう。

「いち」
「にの」
「さん!」

 浜田の、二度目の声にならない絶叫があがった。

 息も絶え絶えの浜田の口と手からガムテープがはがされたのは、少し後のことだった。
「泉、てめぇ!」
 さすがの浜田も怒り口調で詰め寄る。だが。目の前には。
「どっちがいい?武士の情けだ。」

 シーブリーズと、オロナイン。
「本当はシーブリーズをかけて終わらせようとしたけど、三橋が「それだけは」と言って、選択にしてやったんだ。三橋に礼を言えよ。」
 ふん、と泉は両方をぷらぷらと揺らせながら言う。
「三橋……?」
 三橋のほうを向くと、いつものちょっと涙目になりながらもうん。と頷いた。
 浜田は…もちろん、オロナインを手に取った。
「で、浜田。」
 泉が詰め寄る。
「なんだ?」
 オロナイン〜。と安心していた浜田にまだ地獄の使者は言葉をつむぐ。
「てめぇのハミチンもなんでもいいから、そのキモい格好はウザいから、トイレかどっかで塗ってこい。」
 ズボン持ってな。とばさりとズボンが足の上に投げ出される。
「これに懲りて、適当に答えるなよ。脱毛ムースつけて毛がなくなったつるつる状態で「あの」阿部に投げてた三橋の気持ちも考えろ。」
 田島の声も少し険がある。だが、その内容を考えて…はっと浜田は青くなる。周囲もざわっとなる。
「三橋…その…」
 ピッチャーの腕も脱毛したのだ。その不快感は変なところに無意識に力を入れてしまったかも…取りも直さず、故障の原因と………。
「だいじょうぶ だ よ!」
 三橋の声はいつもの口調だが、田島と泉が「どうどう」と押さえているところを見ると、やっぱちょっと怒っているのかもしれない。彼から野球をとったらトンデモナイコトになってしまうのは目に見えているから。
 浜田はがばっと立ち上がり、ズボンで前を隠しながらオロナインを持ったまま、トイレへと直行した。

「脱毛式、終了〜。」
「みんな、お疲れ様でした〜。」
 泉と田島の声が廊下に響き、ガタガタと椅子や机を動かす音が続く。
 浜田はささーっと走って、トイレの個室へと入り、鍵をしめると、はぁ、とため息をついた。クラスの女どもに決められた配役とはいえ…何とはいえ…これはないんじゃないか…とふつふつと浜田は怒る。だが。

 …三橋も、怒っていたなぁ。

 それを考えると、自分だけ脱毛されなかったというのはよほど頭にきたのだろう。と思い、怒りをひっこめる。「あの」三橋が「怒った」のだ。

 泉も無論怒っていた。そして田島もさりげなく怒っていた。だが…。
 自分も投げていたから分かる。三橋が一番怒っていたのではないだろうか。

 そう考えるとはぁぁぁぁぁ〜。と長いため息をついた。

 とりあえず、あとでしっかりと謝ろう。今は…。
 浜田はひりひりする両手両足にオロナインを塗りだした。


三橋が怒るのをはじめてみました。という拍手がなんか多かったです…(笑)