
「はいはい。皆さん、ちょっときいてくださいな。」
クラス委員に問答無用にされてしまった浜田と女子もう一人が授業終了のHRの時に出てきた。
「はーい、待ちに待った文化祭の時期となりました〜。」
そーいやー、この人(コイツ)、文化祭2回やってんだなー、としみじみ思う9組の人々。
「で、いきなりですが、劇を、やることになりました。」
なんだ?それ??
どっかの映画の「今日は、人殺しです〜」みたいな発言に途惑い半分、ブーイング半分の声があがる。
「いやさ、このクラス、文芸部と演劇部いてさ、ガッツリ手を組んで、シナリオまで持ってきてくれたから。」
なるほどー。といいつつその文芸部員と演劇部員に目がいく。双方とも文化系。だが、文芸部員はちょっとその視線にヒいていたが演劇部員は堂々としたものだった。
「タイトルは…『Kanon 〜ひだまりのまち』だ。」
クラスの5分の1がどよめいた。特筆すべき点はそれがほぼ全て男子ということか。
その5分の1がさかんに「うぐぅ」「うぐぅ」と言い出した。何がなんだか分からない女子と男子。
その為、浜田はコホン、と息をつくと、一番衝撃が走るだろーなーと、対ショック体勢に入りながら一気に言い放った。
「元ネタはゲーム。同名タイトルで…その男性向けゲームだ。」
だんせいむけげーむ…ということ は?
キャーっという声は遙か3組まで伝わったという。
「無論、18禁になるようなそーゆーシーンはありません。」
浜田の後をひきついで、女子の委員が言う。そりゃそーだ。と全員が頷く。
「えっと、文芸部員と演劇部員が言うには全年齢対応のほうをもとに…ということですが、見る限り、18禁とどう違うかは私には分かりません。」
女子委員は、そこで一息ついて、鼻息荒く「で・す・が!」と言い放つ。
その言葉に浜田も「え?」という顔になる。
「18禁ゲームにもろ女子を出したら、その子の将来が困ると思いません?思いますよね?」
「そーよねー」「当たり前じゃない」と一斉に頷く女子。団結は強い。何が起きるんだ?と男子は浜田も含めておろおろしだす。
「と、いうわけで、私が勝手に配役を決めてしまいました。」
はい?
固まる男子、男子、固まる。
「やはりここは、集客を鑑みて、クラスで有名人を使っていこうと思ってます。というか、思いました。」
うふふ〜。と笑いながらクラスを見回す女子委員。このクラスで有名人と言ったら…
「おーい、三橋、ホームルーム、終わったぞー。」
6時間目も寝こけていた三橋を起こしたのは田島だった。委員会の話はほとんど聞いていない。文化祭だかどーだか知らないけど、さっさと決めてこっちは野球の練習に行きたい。
「おーい、み・は・しー。」
ゆっさゆっさゆっさ…
ある意味才能と言われている三橋の居眠りは他の追随を許さない。すーすー寝てる三橋を起こすには仕方がないが、この言葉が一番だろう。
「おい、三橋。」
…可哀想だけど。
「阿部が怒ってるぞ。」
効果覿面。イッパツで「うぴゃあ!」と叫びながら起きる三橋。
そこへ女子委員の声が重なった。
「ヒロイン役 月宮あゆ 三橋くん!」
「…はへ?」
三橋の口が菱形になった。
「オレ、主人公〜?」
田島が盛大に驚いた。喜んでいるのか、嫌がっているのか、おもしろがっているのか、分からないビミョーな反応だ。三橋がヒロイン役、ときいて、はた、と二人して黒板を見たら、「主人公 祐一」の所に田島という名前があった。なお、このクラスに田島という同姓同名はいない。
「じゃあ、Kanonっていったら、18禁だよな。オレ、三橋とヤるのか?」
がこんっ
泉が投げた英和辞典の角が田島の頭にキマッた。思わず全員で拍手。つっぷす田島。大丈夫、血はでていない。
「た…たじまく ん?」
恐る恐る三橋が突っ伏した田島を…とりあえず、つついてみる。このくらいスキンシップは発展していた。
「泉っ!てめぇ!」
つん、つん、とつついている最中にいきなり田島は立ち上がった。これには三橋もキョドる。
「浜田とかの話聞いてなかったのが悪いんだろっ!てめぇはいいんだよ。とりあえず学ランだと。」
「へー。」
そりゃ楽でいいや。と一気に機嫌を直す田島。
「お前はいいよ!お前は!」
今年新設された野球部でスゴいところまでいってしまったこの野球部のメンバー。しかも応援団長含めて4人いる野球関連者。
「てめぇはいいよ!」
泉は本気で機嫌が悪い。左足の膝に右足の踝を乗っけてゆらゆらとゆらす。本当に機嫌の悪い証拠だ。
「浜田はともかくとして…オレと、三橋は女装だぞ!」
いつの間にか、クラスは静まりかえっていた。
「浜田が女装?にあわねー。」
プッとややあって、田島が吹き出した。
「つっこむところはそこかよ!」
泉は本格的に怒鳴ってきた。
「仕方ねーだろ?ユーメーゼーってヤツだろ?」
有名税、と変換されるまで、クラス全員の頭に少し負荷がかかった。
エースと4番。そう。野球の花方がこのクラスには二人もいる。1年だけの野球部だからあり得る…いや、殆どあり得ない話だ。利用しないでどうするか?という打算が働いたというのは分かる。
「だけど、三橋が女装だぞ!」
「いーじゃん。似合いそうで。」
きょとん、と田島が言い放つ。その言葉にクラスのあちこちから「ぷっ」という押さえた笑い声が響く。
「三橋が舞台に立てると思うか?」
「マウンドが舞台。観客は相手側の観客、と言えば大丈夫だろ?」
半数が腹を抱えている。浜田もこのやりとりに頭を痛くしながらも腹筋も痛くしていた。
「三橋がセリフしゃべれると思うか?」
「その前にオレもしゃべれると思うか?」
もはやひきつって声も出ない1年9組。こんなに(外に対して)静かなのは初めてかもしれない。
「お…オレ、じょそ う?」
ようやく三橋が追いついた。笑いを押し隠した沈黙の池の中に投じられた1つの言葉の波紋は、小さくても威力は絶大だった。
全員、大爆笑。
それは遠く、1年1組まで届いたという。
「えーっと、メインキャストは…ククク…これ…プッ…でいい、わ ね?」
語尾が三橋口調になりながらも、頑張って女子委員は書き終えた。
「異議の…プッ…ない人!」
まだ笑いのツボに入ってしまっているクラスの者たちは腹筋を痛め笑いながらもメインキャスト以外は全員手を挙げた。はい、決定。
「…うぇ、浜田、秋子さん……っつーことは、浜田の娘が泉?過激に育てすぎたか…
がけんっ
再び放った泉の和英辞典は、今度は田島のデコ中心に当たった。近くにいた者は「ナイピー!」と叫ぶ。
「三橋にゃ勝てないけどこのくらいなら…。」
えっへん。
胸を張る、泉だった。
三橋は、今度は仰向けで机に倒れている田島を…つんつん、とつついていた。
「まぁ、問題は山あり谷啓だが、ガチョーンと乗り切っていこう!」
浜田がそう締めくくり、大道具とかの選別に移っていった。
「三橋、田島、おい。」
げしっ
仰向けで目がうずまきナルトになっている田島の腹に容赦なく手刀を入れるイズミ。
「うげぇっ…って、あー、いてー、あ、コブになってるって、三橋、つつくな、こら。」
びくっとなってつついていた指をひっこめた。どんどん大きくなるたんこぶの欲望に耐えきれず、さっきから気絶している田島のデコをつんつんとつついてたのだ。
「ごっ…ごごごごごめんなさ いっ!」
ごちん。
深々と謝って机にデコをぶつけるのはいつもの事なのでもう誰もつっこまない。
「おい。お前ら、台本。」
と二人に手渡された結構な厚さの台本。
「人が殺せる…?」
「ヒッ!」
「田島の脳細胞が全部消えるくらいの厚さだな。三橋は脅えなくていいから。」
「う…うん?」
「…返事に疑問符を浮かべられるとどう答えればいいのかわからないけど…とりあえず、これ読め、お前ら。」
『無理(で す)』。
二人して言葉が重なった。珍しいことだが、泉がプチッとイッた。
「今読め!すぐ読め!話の内容つかめ!」
激怒泉に田島の後ろに隠れる三橋。田島がよしよしとあやした後、仕方がないので二人で台本を開いた。
1分丁度。双方ともあくびがでた。
3分丁度。二人の目がしぱしぱしてきた。
5分後……………
「お前ら、オレをおちょくってるわけじゃないよな?そうだよな?」
意識朦朧で半分寝かけていた田島と殆ど寝ていた三橋に降りかかる冷たい泉の声。
「ヒィィィィィィッ」
田島と三橋は二人して両腕を掴み合って眠気をふっとばさせた。
泉・浜田・田島・三橋と他二人で自分のところのセリフを言いながら物語を追っていこうということになったのは、わずか数分の後のことであった。それに文芸部員がつくのは10分後。理由は「脚本の読み方を知らない」と「漢字が読めない」。
え、オレ、そんな難しい漢字使った?ときかれる間もなく尋ねられる。彼ら(特にエースと4番)に文字の読み書きをさせてはいけなかったことを文芸部員は思い出した。
結局、その日、台本が読めたのは10ページ。しびれをきらした阿部と、それが心配で様子を見に来た花井の来訪で終わることになる。
なお、9組は「劇をやる。」ということだけ以外は他に誰にも言わないという事が最後に決定され、それに関して、一番口が緩そうな二人には頭から湯気だして怒っている泉に何度も頷いてうなずいて、「わかりました。」「ワカリマシタ。」と何度も言わせて誓わせた。
文化祭までの練習が、ゆっくりと始まった…